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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第6章:「軍議」

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第52話:「国境へ」

第52話:「国境へ」


 ノルトハーフェン公国軍は、その隊列にメイドのルーシェを加えて、タウゼント帝国の皇帝・カール11世より参集を命じられた集結地点への行軍を再開した。


 その行程は、ノルトハーフェン公国の国境を出てからも順調なものだった。

 事前の根回しによって公国軍は行軍経路上の諸侯から十分な物資の補給を受け、満足な休養をとることができ、行軍する隊列に乱れを生じさせることも、脱落者を出すこともなく進み続けることができた。


 こういったノルトハーフェン公国軍の様子は、公国軍が通過していった場所での、諸侯のエドゥアルドへの評判を大きく高めることとなった。

 ノルトハーフェン公国軍の整然とした行軍の様子は、同軍が高い規律を保ち、戦時にも整然と戦う強力な軍隊であると認識され、そしてそれを率いているエドゥアルドの能力も、十分に軍隊を統率することができるものだととらえられたのだ。


 行軍が順調なのは、良いことだ。

 エドゥアルドは期日に余裕をもって皇帝の下に参じることができるし、通過した場所の諸侯からも相応の敬意を得ることができている。


 だが、順調すぎて、かえって退屈だった。

 あまりにもなんのトラブルも起らないために、日中はただ馬に揺られて進み、夜は宿舎やテントで眠るという、単調な毎日をエドゥアルドは過ごすこととなったからだ。


 エドゥアルドの脳裏には、せっかく公爵としての実権を取り戻したばかりだった公国のことが浮かんで、消えない。


 長くつらい期間を経て、エドゥアルドはようやく、自身の望み通りの国家をつくる機会を手にし、それも順調に進んでいたというのに。

 皇帝からの招集さえかからなければ、エドゥアルドは、自分自身の思い描いた未来のために、その力を集中することができたはずなのに。


 今はただ、過ぎ去っていく景色を見つめながら馬に揺られ、夜は眠るだけという日々だ。


 自分は、いったいなんのために公国の実権を取り戻したのか。

 戦場でその実力を示し、生まれ変わったノルトハーフェン公国軍の強さを示すことも、民が豊かに暮らし、その幸福な生活が何者からもおかされない国家をつくるというエドゥアルドの目標にとって大切なことではあったが、こうも退屈な時間が続くと、そんなふうに思わずにはいられない。


 飛び入り参加して来たドジっ子メイド・ルーシェはというと、毎日が楽しくて、楽しくてしかたがない、という様子だった。


 エドゥアルドにとっては退屈なものにしか思えないタウゼント帝国の領土の景色も、ルーシェにとってはなにもかもが目新しく新鮮なものとして見えているようだった。

 彼女は、エドゥアルドの私物などを乗せ、ゲオルクにあやつられた馬車に自分用の席を作ってもらい、ずっとそこに座りながら、ニコニコと景色を眺めている。

 そして、あれはなに、これはなに、と、ゲオルクに質問し、2人で仲良くおしゃべりをしながら旅を楽しんでいる。


 遠目に見ている限りでは、なんというか、おじいちゃんと孫、という感じだ。

 ゲオルクはまだ40代で、老人という年ではなかったが、落ち着いた性格で物腰が静かなので、子供っぽい無邪気な性格をしているルーシェと一緒にいると、そう見えてしまう。


 エドゥアルドは、ゲオルクのことがうらやましかった。

 エドゥアルドの身辺は警護の騎兵たちに囲まれており、ゲオルクとルーシェのように楽しくおしゃべり、という雰囲気ではないのだ。


 兵士たちはみなエドゥアルドを守るために真剣で、信頼のおける者たちだったが、彼らはエドゥアルドのことをあくまで[公爵]として見ている。

 下級貴族の子弟などもいるがその多くは平民出身で、公爵など雲の上の存在くらいに思っている彼らにもしエドゥアルドが話しかけたとしても、ただひたすらに恐縮するばかりで、楽しいおしゃべりなどとてもできないだろう。


 近くにはヴィルヘルムもいたのだが、彼は彼でいつも本心のよくわからない柔和な笑みを浮かべているので、他愛のない雑談は振りにくい。

 とても、頼りにはしているのだが。


 そんなエドゥアルドにとっていやしだったのは、やはり、食事の時や夜休む前に、ルーシェと一緒にいる時間だった。

 彼女はエドゥアルドのことを尊敬してくれているし、ちゃんと公爵として扱ってくれているのだが、根本的な部分で[垣根かきね]がない。

 だからエドゥアルドにとっては、ルーシェが自分の身の回りの世話をするために近くにいる時が一番、気楽におしゃべりを楽しめる時間だった。


 最初はルーシェを連れていくことはできないと、そう考えていたエドゥアルドだったが、そうは言ってもやはり、ルーシェが近くにいてくれた方が楽しい。

 なんというか、安全なところにいて欲しいはずなのに、近くにもいて欲しいという矛盾した感情がエドゥアルドの中に存在していて、複雑な気分だ。


 エドゥアルドは少しだけ、ルーシェが、大勢の兵士の中に1人だけいる女性だ、ということも心配していた。

 ノルトハーフェン公国軍の兵士はみなエドゥアルドの部下だったし、ルーシェがエドゥアルドのメイドだということはみなが知っているので、事件など起こりはしないだろうと考えてはいたのだが、やはり、多少からかったり、ちょっかいを出したりしてくる者が出てくるのでは、と、そう思っていたのだ。


 しかし、幸いなことに、エドゥアルドが自身の名で配下の兵士を処罰するような事態は起こらなかった。

 行軍にルーシェが参加するということを知って、一部の、シュペルリング・ヴィラにエドゥアルドが住んでいたころから関係のあった兵士たちが、ルーシェの身辺を守るために密かに親衛隊のようなものを結成したからだ。


 それはかつて、エドゥアルドと共にフェヒター準男爵の私兵と戦った兵士たちだった。

 彼らはシュペルリング・ヴィラでエドゥアルドを警護する任務についていたころ、毎晩、夜食としてスープを作って持ってきてくれたルーシェに感謝をしており、その[笑顔]を守るためならば、と、密かに団結し、ルーシェに勘づかれないようそっと見守ってくれた。


 どうも、ファンクラブのようなものらしい。

 そしてその[ルーシェ親衛隊]の隊長は、誰あろう、近衛歩兵連隊の連隊長でもあるペーター・ツー・フレッサー中佐だった。


 とにかく、ノルトハーフェン公国軍は、いくつもの諸侯の領地を通り抜け、その祖国から遠く離れた地へと進んでいく。


 目指すのは、タウゼント帝国の皇帝・カール11世が諸侯に参集せよと号令した場所。

 タウゼント帝国と、アルエット共和国の国境地帯だった。


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