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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第518話:「竜騎兵」

第518話:「竜騎兵」


 公正軍の重騎兵隊の突撃は、いったんは成功したものの、フランツの親衛隊を敗走させるまでには至らなかった。

 主君を守ろうと立ちはだかったズィンゲンガルテン公国軍の近衛騎兵の反撃を受け、退却せざるを得なくなったからだ。


 腕甲を捨て去ったことが、公正軍の胸甲騎兵の不運であり、幸運だった。

 それを身に着けた敵の近衛騎兵との白兵戦では敗れてしまったが、その代わり、腕甲がない分身軽な彼らは敵の追撃を振り切ることが容易であったからだ。


 近衛騎兵たちは意気盛んに、追いすがって来る。

 迫りくる敵を迎え撃ち、押し返すことができたのだ。

 全体的な敗北はくつがえせずとも、後世の語り草として残るような伝説的な戦いを記録するべく、彼らは1騎でも多く公正軍の胸甲騎兵を討ち取ろうと躍起になっていた。


 フェヒターにとって、敵に背中を向けて逃げ出すことは大きな屈辱であった。

 手綱を握る手に自然と力がこもり、悔しさをこらえるために噛みしめた奥歯がギリギリときしんでいる。


 本当ならば、もっと戦いたかった。

 しかし彼は、早い段階で、躊躇なく退却を決断した。


 決して臆病であったからではない。

 自分が指揮しているのはあくまでエドゥアルドの兵であり、無理をさせて不要な損害を与えるわけにはいかないということと、そして、自分たちには[Bプラン]があることを知っていたからだ。


 フェヒターは背後を振り返り、敵の近衛騎兵が集団で追いすがってきていることを確かめると、屈辱に歪んだ表情の中にニヤリとした不敵な笑みを加え、口の端を吊り上げた。


 そんな彼の進んでいく先で、退却するために駆けていた味方騎兵の隊列が、さっ、と左右に割れる。


 あらわれたのは、すでに展開を終え、射撃準備を整えた砲口と銃口。

 エドゥアルドの肝いりで設立された騎馬砲兵部隊の放列と、その護衛として配置されていた竜騎兵の隊列だった。


 竜騎兵とは、伝説上の生物であるドラゴンに騎乗した兵士のことではなく、馬に乗った騎兵であり、武装として小銃を装備している兵科のことを指して用いられる名称だ。

 一説によれば、火薬を用いた火器を発射する様子が、竜がその口から炎を吐き出す様にたとえられたことからこの名がついたと言われている。


 騎兵に火器を持たせるという試みは、銃が戦場に普及し始めた時から生まれていた。

 元々騎兵にはその機動力を生かし、敵の白兵戦部隊の間合いの外から一方的に矢などの射撃を浴びせるという用法があったし、銃という強力な飛び道具を持たせるという発想が出てくるのも自然なことだった。


 特に、小銃を大量に使用する戦術が発展してくると、騎兵はより飛び道具に頼る度合いを増していった。

 銃兵による密集横隊とそれを支援する長槍兵という組み合わせの登場が、その登場以前は戦場の主役であり花形であった重騎兵の存在を脅かし、その突撃の成功率を大きく低下させたからだ。


 敵に突入する前に、強力なマスケット銃の一斉射撃によって、甲冑を着込んでいても防ぎようのない打撃を受ける。

 敵に肉薄することに成功したとしても、馬上で扱うことのできる騎槍ランスと同等か、それ以上の長さを持つ長槍パイクによって串刺しにされる。


 こうした、銃兵と槍兵を密集させ緊密に連携させた隊形は、戦場を自在に進退する機動力には乏しかったが、銃兵による遠距離攻撃が可能なためにその欠点を補うことができ、騎兵の優位性を決定的に失わせた。

 それまで騎兵とは1騎で歩兵に数倍する戦力として数えられていた状況が、くつがえされたのだ。


 昔ながらの突撃戦術が通用しないのなら、騎兵はどのように戦うべきか。

 失われた騎兵の優位性を取り戻そうとする動きの一つの答えが、彼ら自身が銃で武装するというものだった。


 槍衾によって突撃を封じられてしまったのなら、こちらも銃を使用し、その射程外から、鎧でさえ貫く痛烈な一撃を浴びせればよい。

 そういった発想の下、火器を装備した騎兵というものが誕生し、発展して来た。


 今、騎馬砲兵の放列の背後で馬上からマスケット銃をかまえている竜騎兵たちは、そうして生まれた騎兵の子孫と言える。

 馬上での取り回しがしやすいように全長を切りつめられたマスケット銃、いわゆる[カービン銃]を装備した彼らは歩兵と同様に銃器の扱いに習熟しており、その火力を最大限に発揮できるように訓練されている。


 目の前に放列があらわれ、無数の銃口が向けられていることに気づいても、ズィンゲンガルテン公国軍の近衛騎兵たちは突撃をやめなかった。

 今さら止められないのだ。

 慌てて停止しようとしても後ろから押しよせて来る味方の騎兵に衝突されてしまうだけだし、そこを砲撃されてはひとたまりもないからだ。


 このまま敵陣に突っ込む以外に勝利の道筋はない。

 そう悟った敵兵は、悲壮な形相で喚声をあげ、馬を急かして吶喊とっかんした。


 走り続ける近衛騎兵に向かって、騎馬砲兵の放列が咆哮した。


 戦場を軽快に移動できるよう軽量に作るため、50ミリという小さな口径で作られた軽野戦砲から放たれる砲弾は、もっとも基本的な鋼鉄の塊でできた砲弾だ。

 炸薬はなく、爆発もしない。

 しかし人体であれば何人も容易に貫通するほどの威力があった。


 突撃する隊列の前から後ろに突き抜けた砲弾の直撃を受け、近衛騎兵たちがバタバタと倒れる。

 馬たちの断末魔の悲痛ないななきが哀愁を誘うように轟き、血と肉辺が飛び散り、死がもたらされた。


 それでも近衛騎兵たちの突撃は止まらない。

 彼らに退却せよとの命令は未だに発せられていなかったし、この戦場において名誉ある戦いをするというのが、手段ではなくすでに目的と化していたからだ。


 そんな彼らに向かって、竜騎兵たちの射撃が一斉に放たれた。

 滑腔から放たれた弾丸は歩兵の用いるマスケット銃と同様、お世辞にも精度の良いものではなかったが、しかし、騎兵というのは的が大きい。

 その大きな標的に鉛の弾丸は次々と命中し、そして、倒れた馬と騎兵が障害となって、後続していた近衛騎兵をも巻き込んで混乱を生じさせた。


 突撃が、止まる。


「今だ! 引き返して、攻撃せよ! 」


 その瞬間、敵をここまで引きつけてきたフェヒター準男爵は馬首を返しながらそう叫んでいた。

 ラッパ手が発砲の轟音に負けないように高らかに突撃せよとの号令の音色を吹き鳴らし、それに気づいた公正軍の胸甲騎兵たちは次々と引きかえして、脚の止まったズィンゲンガルテン公国軍の近衛騎兵たちに襲いかかる。


 フェヒターたちは、待ちかまえていた騎馬砲兵と竜騎兵の射線を確保するために、左右に分かれていた。

 それがほぼ同時に引き返してくるのだから、ちょうど敵を左右から挟み込む形になる。


 腕甲を身に着けているために白兵戦の防御力に優れる敵の近衛騎兵たちだったが、この攻撃にはなすすべがなかった。

 彼らは果敢に戦ったが、左右から同時に攻撃され、次々と討ち取られていく。


「突撃だッ!

 今度こそ、敵に決定打を与えるのだッ! 」


 近衛騎兵たちのほとんどを討ち取り、いくらかを遁走させた後、フェヒター準男爵は再度、敵陣への突撃を命じていた。

 その瞳は、かつての自身の汚名をそそぎ、自身を許してくれたエドゥアルドと、そのきかっけを作ってくれたアンネのために功績をあげるのだという強い意志で、爛々(らんらん)と輝いていた。


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