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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第517話:「胸甲騎兵;2」

第517話:「胸甲騎兵;2」


 公正軍の重騎兵隊による突撃によって、グラオベーアヒューゲル西側の戦場における戦いは決着がつくと思われた。

 千の重騎兵、胸甲を身に着けた胸甲騎兵たちによってフランツの近衛兵の隊列は突き崩され、振り下ろされるサーベルによって次々と斬り伏せられていく。


「脚を止めるな!

 フランツ公爵の本営に向けて、進め! 」


 自らもサーベルを振るい、必死の形相で近衛兵が突き入れて来る銃剣を振り払いながら、重騎兵隊を指揮しているフェヒター準男爵が叫んで指示を飛ばす。

 そして彼は自身の言葉通り、馬の脚を決して止めることなく、敵の隊列の隙間を縫うようにして前に、ズィンゲンガルテン公爵がいることを示す軍旗がかかげられている方向に向かって進み続けた。


 騎兵の突撃の威力は絶大だったが、しかし、ひとたび速度を失ってしまうと、彼らは脆弱だった。


 まず、的が大きく、目立ってしまう。

 馬は巨体であるのは言うまでもないし、その上に乗っている騎兵は周囲よりも高いところにいるのでよく見え、狙撃の的にされやすいだけでなく、サーベルの間合いの外から突き入れられる銃剣に対し、身体の多くの面積を暴露してもいる。


 しかも、戦力としての密集度が、歩兵に比べて小さい。

 走ることをやめてしまった騎兵は多くの敵兵に包囲されてしまうかもしれず、そうなったらもう、助からない。


 だから、騎兵は動き続けなければならない。

 止まったら容易に討ち取られてしまうのだ。


 フェヒターは部下たちと共に、フランツの下に向かって進み続けた。

 突撃を成功させただけでなく、敵の大将を討ち取るか、捕縛するかできれば、その功績は絶大なものとなるからだ。


(アンネ! 絶対に、手柄を持って帰ってやるからな! )


 功名を追い求める準男爵は、かつて政争に敗れ孤立無援となっていた時でも自分のことを裏切らず、エドゥアルドとの関係が修復されるきっかけを作ってくれた1人のメイドの顔を思い出しながら、一心不乱に敵陣の中を進んでいく。


 もう少しでフランツの本陣に突入できる。

 そう思った瞬間、胸甲騎兵たちの前に突如として敵の騎兵が立ちはだかった。


 ぱっと見で5百はいる、敵の重騎兵。

 フランツの身辺を守っている近衛騎兵部隊であるらしかった。


「フランツ公爵はあそこだ!

 内乱を引き起こし、民衆を盾にしようとした首謀者!


 絶対に、逃すなっ!!! 」


 フェヒターはそう叫ぶと、迷うことなく突っ込んでいく。


 背後で喚声があがる。

 この戦いに勝利をもたらすような重大な働きを示したいと考えているのは、準男爵につき従う者たちも同様であるようだった。


 突進を続ける彼らの正面でも、喚声があがる。

 主君をなんとしてでも守らんとするズィンゲンガルテン公国軍の近衛騎兵たちがサーベルの刃を煌めかせながら、向かって来る。


 たちまち、騎兵同士の白兵戦となった。

 すれ違いざまにサーベルとサーベルが叩き合わされ、馬と馬が激突し、近接すれば取っ組み合いとなるような、激戦。


 フェヒターは敵の将校らしい、ひと際華やかな羽飾りをヘルメットにつけた敵兵と一騎打ちとなっていた。


 互いに馬術の限りを尽くし、相手の死角に回り込もうとする。

 やはり敵に対して優位な位置を奪うことこそ、勝利に近づく一番の方法だ。


 どうやら馬術の腕前はフェヒターの方が上であるらしかった。

 彼がこれまでエドゥアルドの下で功績をあげることができるように熱心に鍛錬に打ち込んで来たというのもあるが、その乗馬が、オルリック王国から寄贈された名馬の1頭であったことも大きいだろう。


(もらったッ! )


 敵騎兵の左斜め後ろ。

 右手でサーベルを持っている敵がもっとも対応しにくい位置を奪った準男爵はチャンスだと思い、一気に馬を接近させてサーベルを振り下ろした。


 ガキン、と、金属と金属が激しく触れ合う音が響く。

 生身の肉を切り裂く感触はない。

 堅いものに剣先を弾かれるような、そんな衝撃。


 相手が無理に身体をよじり、サーベルでこちらの攻撃を受け止めたのかと思ったが、違っていた。

 ━━━敵は、胸甲だけではなく、腕甲まで身に着けており、その装甲によって刃が防がれたのだ。


 この時代の重騎兵はかつての騎士のような全身を守る甲冑を捨て、より身軽に動けるように胸甲だけを身につけるようになったということは、先にも述べた。

 しかし、鎧を捨てる程度は、実際にはまちまちであった。


 たとえ弾丸を防ぐことはできなくとも、こうして、サーベルを弾くことはできる。

 白兵戦における防御力に着目し、胸甲以外のすべての鎧を脱ぎ捨てるのではなく、部分的に使用し続けた者たちもいるのだ。


 ズィンゲンガルテン公国軍の近衛騎兵は、そうした、胸甲以外の鎧も使用し続けた者たちだった。

 腕甲によって腕の動きが鈍り、その結果として馬術の発揮に差が出てしまうが、それでもこうして、敵の攻撃から身を守ることができる。


 ただ、腕甲があるだけ。

 それだけだったが、しかし、フェヒターは攻めあぐねてしまった。

 むき出しになっている脚を狙っても致命傷にはならないし、斬りつけやすい上半身はすべて装甲で守られている。


 実際、公正軍の胸甲騎兵たちは敵の近衛騎兵との白兵戦で、苦戦している様子だった。

 身軽な分より軽快に立ち回ることができるのだが、相手の防御が固く、簡単には討ち取ることができない。

 それに対しこちらはより露出部が多いから、傷を受けやすくなってしまっている。


「退け!

 全軍、一時退却だ!! 」


 フェヒターは屈辱に表情を歪めたが、敵よりも多い割合で味方の騎兵が討ち取られていく様子を目にすると、躊躇せずにそう号令を発していた。


 彼の近くに必死に追従してきていたラッパ手が、退却の合図を吹き鳴らす。

 すると公正軍の胸甲騎兵は一斉に踵を返し、撤退を開始した。


 追いすがろうとする敵騎兵の手綱を斬り落とすと、フェヒターも味方の後を追って退却していった。


※作者注

 中世で最強を誇った重騎兵の末裔である胸甲騎兵。

 その多くは胴体部と兜以外の装甲を捨て去ってしまったのですが、一部では腕甲などを残していたそうです。

 確か、オーストリアの胸甲騎兵が腕甲を使用しており、対決した他国の重騎兵が苦戦を強いられた、というお話をどこかで聞いたことがあったので、作中に取り入れてみました。

 以上、蛇足でした(*- -)(*_ _)ペコリ


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