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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第515話:「近衛の意地:2」

第515話:「近衛の意地:2」


 ここで最後まで戦って、死ぬ。

 そう宣言した主君に対し、近衛兵たちは感動し、奮い立った。


 もはや勝利など望めないのは明らかであった。

 味方は崩れ立って逃げ散り、戦場には自分たちしか残っていない。

 そして、敵の力は圧倒的だ。


 だが、彼らは主君と共にこの場で戦って潔く散ることを選んだ。

 大貴族であるフランツが幼いころから名誉を大切にするように教育されてきたように、近衛たちもまた、そう教えられて来たし、自身の子供たちにも同様に教えているからだ。


 それは、社会の特権的な階層に生きる人々の間で長い年月をかけて醸成された独特な気風であった。

 生まれながらに特別な存在である自分たちは、他の平民とは一線を画す存在でなければならない。

 その思想が生んだ価値観が、死よりも名誉を重んじるというものであった。


 味方が敗走してしまったことで近衛たちも少なからず動揺していたのだが、フランツの言葉によって落ち着きを取り戻した。

 そして彼らは、よく訓練され、選び抜かれた精鋭としての本分を取り戻し、指揮官たちからの号令に従い、マスケット銃に装填し、射撃準備を整える。


 公正軍の兵士たちが有効射程にまでたどり着くと、近衛兵たちは狙いを定め、引き金を引いた。


 戦列歩兵が一般的に行う射撃方法である、密集横隊からの一斉射撃。

 では、ない。

 近衛兵たちは自身が形成した横隊に並べた銃口から一度に射撃を行うのではなく、細分化された小隊ごとに射撃していく。


 わゆる、小隊射撃と呼ばれる射撃方法だった。

 これは、一般的に中隊を構成する歩兵小隊の内3つを一組とし、順番に射撃と装填の動作を行うことで、途切れることなく敵に射弾を浴びせ続けるという戦法だった。


 前装式のマスケット銃は、装填に時間がかかる。

 より良い条件を整え、訓練を積めば積むほどその再装填にかかる時間は短縮することができるが、熟練した兵士であっても安定して射撃を継続するためには20秒程度の時間が、並みの兵士では30秒近くもかかってしまう。


 長い再装填の時間を無くし、途切れることなく射撃を継続し、火力を発揮したい。

 その問いの1つの答えが、小隊射撃であった。


 理論としては単純だが、実際に行うのは簡単なことではなかった。

 兵士たちに命令を伝達する手段が口頭となりがちな最前線においては、射撃の轟音で指示が伝達されにくくなり、タイミングを合わせて途切れることなく射撃を継続することが困難であるからだ。


 だから、小隊射撃を実施するためには熟練兵と経験豊富な士官・下士官を集め、連携して射撃を継続することができるように十分な訓練をしておかなければならない。


 今フランツの下で戦っている近衛兵たちは、ズィンゲンガルテン公国に残された数少ない精鋭であった。

 アルエット共和国への出征に同行せずに本国に残されていた者たちが多く含まれており、彼らは長い時間をかけて訓練をし、高い技量と豊富な戦術を身に着けている。


 勝利を目前としている公正軍の戦意は旺盛で、近衛兵たちの射撃を受けてもひるまず、応戦する体勢を取る。

 彼らは一斉にマスケット銃をかまえ、いつものように一斉射撃を加えて来た。


 戦場を飛び交う弾丸には、一切の忖度はない。

 貴族だろうと平民だろうと弾丸は等しく命中する。


 公正軍からの反撃によって、フランツの近衛兵たちもバタバタと倒れ伏した。

 しかし彼らは、隣にほんのさっきまで立っていた戦友が血しぶきをあげて倒れようとも少しも動揺せず、小隊射撃を継続させた。


 途切れることのない射撃によって、公正軍の側に動揺が生まれる。


 こちらは装填中であるのに、敵からの射撃が止まない。

 もっと早く装填しなければ、撃たれてしまう!


 その焦りは公正軍の兵士たちの動作を揺るがせ、慣れているはずの再装填の動作をさらに遅らせる。

 そしてそのことがまた、焦りを大きくし、やがて恐怖心を呼び覚ます。


 ほどなくして、フランツの親衛隊は第一波の攻撃を撃退することに成功した。

 射撃戦で不利を悟った前線の指揮官が部下たちに一時後退を命じ、マスケット銃の有効射程外にまで下がったからだ。


 この戦果に、近衛兵たちの戦意はさらに高まった。

 少数で多数を引きつけ、撃退までした。

 これに勝るほどの武勇伝はないだろうと思われたからだ。


 もちろん、これで公正軍の勢いが止まったわけではなかった。

 目の前に立ちふさがる1万の敵を粉砕し、急いで戦場の東側で戦っているベネディクト公爵の軍の退路を遮断しなければならない。


 エドゥアルドはフランツの親衛隊を撃破するために、重騎兵を投入することとした。


 重騎兵と言えば、有翼重騎兵フサリアのような、全身を甲冑で保護し、敵を銃剣の間合いの外から串刺しにできる長さの騎槍ランスをかまえた、中世の[騎士]のような姿を思い浮かべるかもしれない。

 しかしこの場合は、全身ではなく、胸甲と呼ばれる胴体部分だけを守る装甲を身につけただけの、胸甲騎兵と呼ばれる兵種が[重騎兵]であった。


 甲冑の防御力は、槍や弓が主兵装であったころは非常に有効なものだった。

 しかし、マスケット銃を始めとする[火器]が主兵装となって来ると、その防御力は頼りないものとなってしまった。

 火薬の力によって発射される弾丸は、それ以前の兵器とは比較にならないほどの貫通力と、肉体に命中した場合の破壊力を発揮したのだ。


 それまでの甲冑では弾丸を防げない。

 さらに重装甲化することは不可能ではなかったが、それでは身動きが取れなくなるだけでなく、機動力を失って[馬に乗る]ことで得られるアドバンテージを失ってしまうこととなる。


 だから騎兵は、その身を守っていた甲冑を捨て、身軽となった。

 ほとんどの騎兵は歩兵と同様軍服だけに身を包むようになり、重騎兵でさえ、距離と当たり方によっては弾丸を防げるかもしれない胸甲だけを残し、他は脱ぎ去った。


 かつてのものとは様相を異にした現在の重騎兵ではあるが、その突撃力は健在であった。

 重騎兵には特に体力に優れた大柄な軍用馬が使用されており、その巨体による突進は、質量と速度をかけ合わせた単純な破壊力となって敵の隊列を粉砕することができるのだ。


 頑強なフランツの親衛隊を打ち破るために投入された、公正軍の重騎兵部隊。

 千ほどの兵力を有するその部隊を指揮していたのは、ノルトハーフェン公爵・エドゥアルドの従兄弟、ヨーゼフ・ツー・フェヒター準男爵であった。


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