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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第514話:「近衛の意地:1」

第514話:「近衛の意地:1」


 フランツに率いられたズィンゲンガルテン公国軍は、その数に比べて戦力に乏しいという評価を受けていた。


 それは、自国の民衆に対して冷酷な対応を取った主君の行いに幻滅し、士気を大きく失ってしまっていたという理由だけではない。

 単純に、訓練不足の未熟な兵が多かったのだ。


 一昨年、タウゼント帝国は20万を超える軍を動員し、隣国であるアルエット共和国に対して侵攻した。

 しかし、決戦となったラパン=トルチェの会戦において、敵将、アレクサンデル・ムナール将軍に率いられた共和国軍に大敗してしまった。


 そこでズィンゲンガルテン公国軍は大きな損害を受けた。

 ムナール将軍が形成した[大放列]に打ちのめされ、帝国軍が行った侵略、そして略奪に対する報復を果たさんと復讐に燃える敵兵の猛烈な追撃によって、従軍していた部隊は壊滅した。


 これによって、フランツは長い時間をかけて育成されて来たベテランの兵士たちと、将校たちを数多く失ってしまった。


 本国に命からがら帰り着いた公爵は自国軍の再建に乗り出した。

 失った兵器を補充するための費用をねん出するため民衆からの徴税を強化するのと同時に、無理矢理徴兵を行い、まずは数だけはなんとかそろえた。


 次期皇帝選挙を巡って当時から水面下の戦いをくり広げていたヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトに対抗するために。

 フランツは失われた自国軍の戦力をなんとか強化し、立て直そうとしていた。


 しかし、そこにさらなる打撃が加えられた。

 アルエット共和国での敗戦で帝国軍が弱体化したと見なした南の隣国、サーベト帝国が、この機に帝国から領土を奪い取ろうと大軍を持って侵攻してきたのだ。


 再建途上にあったズィンゲンガルテン公国軍は、なすすべがなかった。

 彼らは公爵と共に公国の首都であるヴェーゼンシュタットに籠城することを強いられ、その戦いは、可能な限りフランツの力を削いでおこうと画策したベネディクトの暗躍によって長期化していった。


 このことによって、彼らは未熟な将兵に十分な訓練を受けさせることができなかったのだ。


 実戦こそ最良の訓練ではないかと言われることもあるが、それは、すでに基礎が固まっている将兵たちに[さらに上のレベル]にあがることを期待する場合に適用できる言葉だ。

 正確な狙いをつけて射撃を行うどころか、小銃の操作や、この時代の歩兵にとって必須とも言える隊列を維持する能力に乏しい、兵士になりきれていない者たちを実戦に放り込んでみたところで、犠牲ばかりが大きくなるだけ。


 未熟な将兵を前線に注ぎこんでも、その中で経験を積み、生き延びることができる者はごくわずかしかいない。


 周辺地域から避難して来た難民たちも加わり、ぎゅうぎゅう詰め状態に近かったヴェーゼンシュタットでは、兵士たちに訓練を施せるような場所も余裕もなかった。

 このために数だけはなんとかそろえても、彼らをまともな兵士に育てることができなかったのだ。


 その、積み重なって来た不運とでも言うべき事柄は、このグラオベーアヒューゲルの会戦において大きな影響を示していた。

 ズィンゲンガルテン公国軍はその士気の低さも相まってこれといった戦果を残すこともできず、その大半が逃走してしまったのだ。


 崩壊した戦線の西側に、ポツンと取り残された一団。

 フランツ公爵の親衛隊、およそ1万。


 彼らの眼前に、この会戦における勝利を確信し、高揚感と共に戦果を拡大しようと前進を続ける公正軍の将兵が迫りつつある。


 1万対、5万。

 数の上でも圧倒的な差があり、まさに鎧袖一触と思われた。


 しかし、このズィンゲンガルテン公国軍に残された最後の精兵は、予想外の奮闘を見せることとなる。


────────────────────────────────────────


「1歩も引くな!

 たとえ敗北しようとも、決して、逃げたという汚名を被ることなかれ!


 あの、逃げ散って行った惰弱な者たちと同じになるな!

 諸君ら近衛の意地、見せるのは今ぞ!!!

 我と共に、この地にその名を刻みつけよ! 」


 自分を見捨て、我先にと逃げて行った諸侯たちと、兵士たち。

 彼らに対する怒りの余り言葉を失っていたフランツ・フォン・ズィンゲンガルテンは、硝煙の向こうからあらわれた公正軍の将兵の姿を視認すると、唐突にそう声を張り上げ、右手に握ったサーベルを高々とかかげてみせた。


 その表情は険しかったが、不思議と、晴れやかにも見える。

 どうやら、いろいろと吹っ切れてしまったらしい。


 もはや敗北を受け入れざるはなく、逆転など夢のまた夢。

 落ちのびたとしても再起の可能性もない。


 だとすれば、ここで[ズィンゲンガルテン公爵]がするべきことは、1つだけだった。


 それは、━━━潔く戦って、できるだけ[美しく]散ること。


 そうすることでしか、もはやズィンゲンガルテン公爵家という一族を後世に残す手段は存在しない。

 命を惜しんで逃げ出し、無様な闘争生活の末に捕らえられ、見せしめにされでもしたら、その一族は子々孫々まで笑いものにされ、その先祖の名誉まで汚されることとなるのだ。


 大貴族としての自負心、プライド。

 そういったものを失わないために、フランツはいとも簡単に、ここを自身の死に場所と定めた。


 自分と共に戦って、死ね。

 もしそんな命令を平民出身の兵士たちが聞いたら、うんざりとしただろう。


 彼らは無理矢理戦場に連れ出されて来ただけに過ぎず、民衆に対して過酷な扱いばかりをする主君に対して忠義を尽くすことになんの魅力も感じない。


 しかし、最後までこの戦場に踏みとどまっていた親衛隊の兵士たち、ズィンゲンガルテン公爵の近衛たちは、違った。

 彼らは貴族の血縁者や地元の有力者、名士たちの血縁者であり、フランツの言う、[名誉のために死ね]という言葉に対し、共感する部分を持っていたのだ。


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