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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第513話:「連合軍の崩壊:2」

第513話:「連合軍の崩壊:2」


「逃げるな、臆病者!

 逃げる者は味方でも、撃つ! 」


 公正軍の攻撃を受け、隊列を崩して逃げ出した兵士たち。

 彼らに向かってフランツ公爵は怒りをあらわにし、顔を赤く染め上げ叫び声をあげたが、その声は壊乱の狂騒の中に虚しく飲み込まれていった。


 旗下の親衛隊に向け、逃げた部隊に対し発砲するように命じられ、実際に射撃まで行われたが、意味がない。

 その射撃が、味方を撃つのを躊躇した現場の指揮官が威嚇として行ったものだった、というだけではなく、逃げる兵士たちの数がまだ戦おうとしている兵士たちの数よりも圧倒的に多かったからだ。


 味方として戦っていた諸侯、戦場でも軍服ではなく自前の衣服で着飾ることを認められた特権階級の貴族たちが、馬を走らせて逃げていく。

 その後に、武器を捨てた兵士たちが我先にと続いていく。


 押しとどめようもないその濁流は、フランツが直接指揮していた2万の軍勢を包み込み、その様相はまるで、洪水の中に取り残された浮島のようだった。


 その中でフランツが必死に声を張り上げ、なにかをわめいているが、その声はもはや誰にも届いていない。

 まだ彼の命令に従う意思を有している親衛隊の将兵でさえ、目の前で起こっている怒涛の敗走に圧倒され、身動きできずにいるのだ。


 唐突に、波が引くように敗走する兵士たちの姿が消える。

 前線で戦っていた者たちはみな逃げ出してしまい、後にはフランツと、その親衛隊だけが取り残されたのだ。


 2万いたはずのズィンゲンガルテン公爵が直接指揮している部隊は、いつの間にか1万ほどにまで減少してしまっていた。

 所属していた平民の兵士たちは敗走の混乱に紛れて逃げ出してしまい、後には、本当に公爵の親衛隊だけが、貴族や有力者たちの子弟たちだけが取り残されたのだ。


 まだ武器を捨てずに隊列を保ち続けている彼らの鼓膜に、前方から途絶えることなく打ち鳴らされるドラムの音色と、無数の軍靴が足並みをそろえて地面を踏みしめる音が届く。


 戦場を覆う硝煙を突き破ってあらわれるのは、ノルトハーフェン公国軍の軍旗。

 濃紺の布地にノルトハーフェン公爵家を象徴する舵輪の刺繍がされたものだ。


「全軍、戦闘準備! 」


 目の前で戦闘を放棄して多くの兵士が逃げ出してしまったことへの怒りとショックの余り言葉もなくたたずんでいるフランツに代わって親衛隊の隊長がそう叫び、呆然自失としてしまっている近衛兵たちに正気を取り戻させる。


 彼らが慌てて武器を手に取り直し、戦闘態勢を整えるのとほぼ同時に、その眼前に今まさに勝利をつかまんと前進を続ける敵兵たちの整然とした隊列が姿をあらわした。


────────────────────────────────────────


 グラオベーアヒューゲルの西側の戦場での戦いは続いていた。

 ズィンゲンガルテン公爵が率いる親衛隊1万が踏みとどまり、公正軍に対して最後の抵抗を試みているからだ。


 およそ4万近くにもなる兵力がすでに戦場から離脱している。

 もうこれ以上つき合っていられないと愛想をつかした諸侯の部隊が次々と退却を開始し、それをきっかけとして、平民出身の兵士たちは武器を捨て逃亡したのだ。


 総崩れとまでは言えないものの、この敗走劇はグラオベーアヒューゲルの会戦の趨勢を決定づけた。

 西側の戦場で起こった壊走は、その隣、中央部分で交戦を続けていた連合軍にも波及したからだ。


 この方面に配置されていた連合軍の兵力は3万。

 そのほとんどが、皇帝軍、あるいは正当軍に参加していた諸侯の軍隊だった。


 戦闘開始からすでに8時間が経過した現在においても、その3万の戦力はほとんど無傷のまま残されていた。

 彼らはあくまで連合軍に勝ち目があると思ったから戦場に留まっていただけで、自身から積極的に攻撃に転じるつもりなどさらさらなく、ひたすら守りを固め、戦線の東側、あるいは西側で決定的な勝利が得られる時を待っていたのだ。


 このひたすらに防御に徹する姿勢は、公正軍の側を苦しめていた。

 ノルトハーフェン公国軍の第3師団を中心とするこの方面の部隊は戦意が高く、積極的に攻撃を行おうとしていたが、守るばかりでまったく動きを見せない敵につけ入る隙を見出すことができずに足踏みしてしまっていたのだ。


 連合軍に参加した諸侯は、勝利のおこぼれにあずかることを狙っていた。

 だが、実際に起こったことは、西側の戦線における決定的な[敗北]であった。

 そこに投入されていた5万にもなる兵力が壊走し、強力な公正軍の部隊が前線を突破して連合軍の後方にまで進出しようとしている。


 もはや勝利の芽は失われた。

 それどころか、このまま今の場所に留まっていては、包囲殲滅される危険さえある。


 だとしたらもう、この場に留まっている必要などないのではないか?


 西側で起こった敗走の狂乱に気づいた諸侯はみな、一様にそう感じ、そして、行動に移した。

 彼らもまた、一斉に退却を開始したのだ。


 まるで互いに示し合わせていたように、諸侯はそれぞれの部隊を率いて踵を返し、戦場から脱出するべく北へと向かう。


 こうしてついに、連合軍はその右翼に続いて、中央でも敗走を開始した。


 当然、戦線中央部に展開していた公正軍はその動きを見逃さなかった。

 彼らはその高い戦意ゆえにこれまで攻勢をくり返し、そのために相応に傷つき、疲弊してもいたが、勝利を決定づける瞬間が訪れたと直感すると力を振り絞り、前進を開始する。


 もはや分水嶺を過ぎ、公正軍の勝利に向かってすべてが一気に動き出したかのように思われた。

 しかしまだ、エドゥアルドたちが望む形での[勝利]を得るためには、障害も残っている。


 戦場の西側には取り残されたフランツ公爵とその親衛隊1万が、未だに戦う姿勢を見せているのだ。

 そしてなにより、東側でユリウス公爵の部隊を攻撃しているベネディクト公爵の主力、7万という大兵力が健在なままだった。


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