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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第512話:「連合軍の崩壊:1」

第512話:「連合軍の崩壊:1」


 最初に隊列を崩したのは、連合軍西側に配置された諸侯の部隊だった。

 正面から砲撃を受けるのと共に敵戦列に肉薄され、側面と後背を騎兵と騎馬砲兵に脅かされた彼らは、自分たちが敵に包囲・殲滅される危機にあるのだと直感した。


 援軍を求めようにも、求めることができない。

 なぜならすでに連合軍の予備兵力はすべて前線に投入されており、どこにも援軍に来てくれるような兵力が残っていなかったからだ。


 兵士たちはみな、戦場で勇敢に戦うことができるように訓練されえている。

 指揮官の命令に従い、たとえ敵の弾雨を受けていようと前進し、マスケット銃の引き金を引くことができるように、何度も何度もその動作をくり返し習熟させ、身体に覚え込ませて、死の恐怖を克服する。


 しかし、訓練によって克服すると言っても、兵士たちの心から恐怖が完全に消え去ることなどなかった。

 誰だって自身の意識が雲散霧消して消え去る瞬間を想像すれば恐ろしいと感じてしまうし、その苦痛はできれば避けたいと願う。

 生き続けていたいと思う理由も、ほぼ必ずと言っていいほど誰もが持っている。


 それでも戦うことができるのは、訓練によって[自分は敵を倒せるのだ]という自信を獲得し、勝利を得るのだという信念と、その使命を背負った[兵士である]という自負心、義務感によって、恐怖を無理やり抑え込んでいるからだ。


 そのタガが、外れた。


 敵軍の猛攻を前にし、援軍の望みもなく、勝利の希望もどこにも見えない。

 自分たちは包囲されつつあり、このままでは退路さえ失ってしまう。


 このままでは、全滅だ!

 それもほとんど一方的に、敵に圧倒され、弾丸に貫かれ、銃剣で串刺しにされ、サーベルで切り裂かれてしまう!


 そう自覚した瞬間、抑え込んでいた恐怖心があふれ出す。


 元々、連合軍の将兵、特にフランツの正当軍に参加していた者たちの戦意は、酷く低下していた。

 盟主の本国が敵軍によって占領されてしまっているだけではなく、民衆に向かって「肉壁となれ」などという命令まで下してしまった、その異常さ。

 本来、互いに相容れないからこそ挙兵し、内乱を戦っていたはずの相手であるベネディクトとその場の都合でにわかに手を結んだことも、ズィンゲンガルテン公爵への幻滅を強めさせていた。


 もし兵士たちがフランツのかかげる大義を信じ、彼に勝利をもたらすためならば進んで戦うと決心していたなら、包囲され、殲滅されるという恐怖に打ち勝ち、踏みとどまることができただろう。

 しかしそんな気持ちは誰の心にもない。


 まして、諸侯たちの兵だ。

 中には本心から正当軍の大義を信じて参加していた者もあったが、それ以外のほとんどは、ズィンゲンガルテン公爵家との関係性や、勝利する確率、そしてその場合に得られる[パイの大きさ]を考え合わせた打算によって集まって来たのだ。


 ここで、正気を失っているかもしれない落ち目の者を盟主とあおぎ、討ち死にしてやるいわれなどない。

 なぜフランツのために自身の命を捧げ、兵士たちを犠牲にし、これまで長くつないできた貴族の血を絶やさなければならないのか。


 死を忌避するという生物として当然所有している生存本能とそういった思いが重なり、諸侯の部隊は次々と退却を開始した。

 そしてその流れは、間を置かずにズィンゲンガルテン公国軍にも波及する。


 この戦いに動員された兵士たちの内、大多数はフランツによって徴兵された、十分な訓練を積むことができていない未熟な兵士たちだった。

 そんな彼らが戦場で戦っていたのは、あくまで自分たちがズィンゲンガルテン公国の臣民であり、その主君の命令であれば従わなければならないという意識があったからだ。


 しかし、その主君は、民衆を肉壁にせよという命令を発した。

 兵士たちの家族を犠牲にして、自身の野心を満たそうとしたのだ。


 その事実は、エドゥアルドのブレーン、ヴィルヘルムの策略により、正当軍の陣中に流布され、すっかり浸透してしまっている。

 フランツによって肉壁にされようとしていた人々を救い、ヴェーゼンシュタットを無血で占領し、民衆を保護したのはズィンゲンガルテン公爵ではなく、ノルトハーフェン公爵であったということも、彼らは知っている。


 このグラオベーアヒューゲルの会戦が始まる時点で、彼らはみな、戦う意欲を失っていた。

 なぜ、正気を失っているかもしれない主君のために、自分の家族の恩人を攻撃せねばならないのか?

 それが兵士たちの正直な思いであり、命がけで戦おうという気力などなかった。


 そんな彼らを戦わせていたのは、早々にフランツが投入した予備兵力、ズィンゲンガルテン公爵の親衛隊と、古参の兵士たちの存在だった。


 民衆に「肉壁となれ」と命じるほどの人物なのだから、戦おうとしない兵士たちに反逆罪を課し、粛清し始めてもおかしくない。

 そして親衛隊は、その命令にも忠実に従う可能性が高いと考えられた。

 というのは、親衛隊の将兵は平民ではなく、貴族階級や、公爵と関係の深い有力者たちの子弟によって編制されている部隊だったからだ。


 彼らはきっと、自分たちを、味方を撃つことを躊躇しないだろう。

 そんな恐怖が、平民出身の兵士たちを踏みとどまらせていた。


 だが、友軍の諸侯の部隊が次々と退却を開始すると、その恐怖による威圧も意味を成さなくなった。


 1人か2人ずつ、あるいは数百人程度が一度に脱走したところで、フランツによって粛清されるだけだっただろう。

 しかし、それが一度に数千、いや、数万の規模であったのなら?


 フランツの手元にある親衛隊の兵力だけでは、制止できるはずもない。


 このまま前線に留まっていては、公正軍の猛攻によって確実に殲滅されてしまうのだ。

 そうであるのなら、むしろみなで一斉に逃げ出した方がまだ、生存できる確率がある。


 諸侯の退却を目の当たりにした兵士たちの脳裏には、即座にそんな計算が成立していた。


 彼らの逃げる、という決断は、早かった。

 元々、命がけで戦おうというつもりはなかったのだ。


 1人、2人、と段々と逃げていくのではなく、ほとんど同時に、一斉に、雪崩をうつように兵士たちは戦列を離れ、逃亡するのには重りにしかならない武器を捨て、走った。


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