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第510話:「分水嶺」

第510話:「分水嶺」


 グラベーアヒューゲルの東側の戦場において、連合軍が攻勢に転じた。

 その報告をエドゥアルドが受けたのは、12時57分。

 戦闘が始まってから、7時間半が経過しようとしていた時のことだった。


「やはり、ベネディクト公爵は東側に姿をあらわしたか……」


 東側の戦線を守るオストヴィーゼ公爵・ユリウスからの伝令を受け、彼に「ユリウス殿に承知したとお伝えいただきたい。こちらもただちに攻撃を開始するゆえ、どうか、敵の大将を引きつけておいていただきたいともお伝えください」と返答し、元の道を帰らせた後、少年公爵はそう呟きながら視線を北へと向けていた。


 戦況の推移は、参謀総長のアントンや、ブレーンであるヴィルヘルムが予想していた通りに動いている。


 連合軍は温存していた予備兵力の最後の部隊、すなわちヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトの指揮下にあるものを、東側の戦線に投入した。

 この戦場全体を見渡すことのできる要衝である、農場のあった丘。

 そこを公正軍が奪取したことにより、敵軍はそこを起点として攻勢が行われるのに違いないと判断し、兵力を注ぎ込んだのだ。


 東側の戦場にはベネディクト公爵が所在することを示す、金で縁取りのされた軍旗がひるがえっている。

 緑の生地に、ヴェストヘルゼン公爵家の紋章である砦が描かれた、タウゼント帝国西方の守りを一手に引き受けてきたのだという自負のこめられた旗が。


 公爵自らが前線に出てきた、ということもあって、東側の戦線における連合軍の攻撃は激しい様子だった。

 無数のドラムの音を轟かせながら兵士たちは軍靴の足音をそろえて前進し、盛んに射撃し、そして積極的に白兵戦を挑んできている。


 これを、ユリウスはどうにか防ぎとめている。

 負傷しながらも前線に立ち続ける若きオストヴィーゼ公爵は、エドゥアルドがこの会戦に決定的な勝利をもたらす一撃を敵に加えてくれると信じ、部下と共に必死に丘の上に踏みとどまっている。


 丘を守るためには、投入可能なあらゆる火砲が用いられていた。

 比較的移動させやすい小口径のカノン砲や、軽量に作られた榴弾砲である山砲はすでにいくらかが丘の上に配置されて射撃中であるし、丘を攻略するために増援された4個砲兵大隊の戦力もそのまま東側の戦線に残り、可能な限りの支援射撃を行っている。


 だが、それだけでは連合軍の反撃を長く支え続けることはできないはずだった。

 ユリウスの手元には最初、3万5千の兵力がいたが、これまでの戦闘によってその実質的な兵力は3万を切るまでに減少してしまっている。


 これに対し、連合軍は元々東側の戦線に展開していた兵力にベネディクト公爵の予備兵力も合わせて、最大で7万近くもの兵力が集中している。


 いかに公正軍が勇戦敢闘しようとも、再び丘を奪われるのは、時間の問題であろう。


 ここが、勝敗の分かれ目。

 分水嶺だと、誰もがそう直感していた。


「公爵殿下。

 攻撃準備、整ってございます」


 一秒でも早く敵軍を打ち破らなければ、この決戦に敗北するかもしれない。

 そう思い、目の前に展開する敵軍、ズィンゲンガルテン公爵・フランツの指揮する総勢5万以上にもなる敵軍を見つめていたエドゥアルドに、いつもと変わらない落ち着いた口調でアントンがそう報告をした。


 公正軍は、連合軍の裏をかいた。

 敵はこちらが東側から攻勢に出ると判断して兵力を動かしたが、その予想を裏切り、少年公爵は西側に予備兵力を投入した。


 投入された予備兵力は、およそ3万。

 ノルトハーフェン公国軍の第1師団を中核に、公正軍に参加した各諸侯の部隊を加え、さらに騎兵部隊を抽出して集中配備し、決戦時の強力な打撃力とするべく5000ほどの大きな騎兵集団として編制してある。


 連合軍にももはや予備兵力はないが、これで、エドゥアルドの側にも手駒はなくなる。

 この攻勢が失敗に終われば、文字通りお手上げの状態だった。


 しかし、それでも少年公爵の攻撃を行うという決心は揺るがない。

 すでに多くの犠牲を出している以上、勝利という成果をなんとしてでもつかみ取らなければならなかったし、なにより、彼はこの戦いになって皇帝になるのだと決意している。


 このタウゼント帝国に次の一千年をもたらす礎を築け。

 そう、カール11世から託されたのだ。


 そして、立ち上がったエドゥアルドの下には、総勢で12万もの兵力が集まった。

 みな、自己の野心のために政争に明け暮れ、あげくに内乱を引き起こしたベネディクトとフランツのやり方に反発し、同時に、この若き公爵であれば帝国を新しい形に刷新してくれるのに違いないと信じたのだ。


 立ち止まることなどできなかった。

 エドゥアルドの歩みには、すでに彼自身だけでなく、多くの人々の思いが乗っている。


「我が精鋭たる第1師団の兵士たちよ!

 そして、我が大義に賛同し、集ってくれた諸侯の兵士たちよ! 」


 愛馬である青鹿毛にまたがり、腰からサーベルを引き抜いて高々と掲げた少年公爵は、固唾を飲みながら自分の命令を待っている将兵を見渡しながら、叫ぶ。


「諸君らと共に勝利の栄光をつかむ時は来た!


 我らの古き良き帝国に、次の一千年の礎を築くために!

 我らの手に、勝利を!


 進め!!! 」


 ひと際大きく、強く響く声。

 それが辺りに吸い込まれていくように、将兵の中に染みこんでいくように消え、一瞬の静寂が訪れる。


 その直後だった。

 攻撃開始を告げるラッパの音色が勇壮に、高らかに吹き鳴らされ、兵士たちは口々に「Sieg-Hurra!(勝利万歳)」と叫んで、一斉に前進を開始した。


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