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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第507話:「車列」

第507話:「車列」


 ノルトハーフェン公爵家の紋章である舵輪が描かれた旗を掲げた馬車は、ユリウスたちの近くにまでやって来ると停車した。

 物資の運搬などに使われている馬車だったが、四角い囲いを持つ荷台には、武器や弾薬どころか糧食さえ積まれてはいない。


 代わりに、そこには白衣を身に着けた人間たちが乗っていた。

 そしてその足元には、応急手当てのために必要な道具が詰まったカバンがいくつも用意されている。


 その中から小柄な体格の少女がひらりと荷台から飛び降りてしゅたっと着地し、白衣の下に身に着けたスカートを抑えながら小走りで駆けよって来た。


「ユリウス公爵さま! ヴィルヘルムさま!

 お怪我をされた方たちの治療に参りました! 」


 きょとんとしてその様子を見ていたユリウスと、どこか楽しそうな笑みを浮かべていたヴィルヘルムの前にやって来ると、その少女は居住まいを正し、品よく一礼して見せる。

 頭に被ったキャップのおかげでいつものトレードマークである黒髪のツインテールが隠されていたからわからなかったが、メイド服の上に白衣を身に着けているこの少女は、エドゥアルドのメイドであるルーシェであるらしかった。


「あ、ああ……、エドゥアルド殿のメイドの、ルーシェ殿でしたか。


 ご支援、感謝申し上げます」


 まだ敵から奪って間もなく、いつまた交戦が始まるかもしれない前線にまでルーシェのような少女や大勢の非戦闘員がやって来たという現実に違和感があり半ば呆然としていたユリウスだったが、彼は反射的にそう謝意を述べていた。

 公爵としての社交的な対応が染みついている。


「その、本当はもっと早くおうかがいしなければならなかったのですが、馬車の御者さんや、他の看護師の方々が恐がってしまって。

 ユリウスさまがお勝ちになったと聞いて、やっと馬車を出せたのです」


 戸惑っているオストヴィーゼ公爵に、メイドはそう言ってすまなそうにまたぺこりと一礼をして見せた。


 公正軍では、というよりもタウゼント帝国ではどこでもそうだったが、後方の輜重を担う労働者たちは基本的に雇い入れた民間人達だった。

 だから、早く治療を行えれば救える命が増えるということもあってもっと早くに負傷兵の治療と後送のために前線まで来たかったのだが、雇った民間人たちが戦闘中の場所に行くのは嫌だと言い、今になってようやく来ることができた、ということであるらしい。


「どうか、お気になさらず。

 今からでも治療を受けることができれば、きっと多くの命が救われるでしょう」


「はい、みんなで頑張ります! 」


 まだ呆気に取られているユリウスが半ば無意識の内にそう言うと、ルーシェは力強くうなずいた。

 気合が入っている。

 実際の戦闘には参加できなくとも、自分にできることでエドゥアルドのために働いて役に立つのだと強く決意しているらしい。


 続々と農場に到着した馬車の車列の周囲では、便乗して来た軍医や看護師たちによってさっそく負傷兵たちの治療が開始されていた。

 挨拶を済ませたルーシェもそれに参加し、一人でも多く助けようとはりきっている様子でペコリと一礼をすると、踵を返し、慌ただしく小走りに去っていく。


「ルーシェ殿、谷の底にも大勢負傷兵がいるはずですから、そう軍医殿にお伝えください!

 ただ、悲惨な状況になっておりますので、貴女は行かないようにしてください! 」


「はい、かしこまりました、ユリウスさま! 」


 働き始めた軍医たちの姿を見てようやく現実感を取り戻したオストヴィーゼ公爵が声をあげると、メイドは一度立ち止まって振り返り、スカートのすそをつまんで足を少し曲げてのばし、また振り返って軍医の下に向かって行った。


 平静さを取り戻したユリウスだったが、今度はすっかり感嘆させられてしまっていた。

 エドゥアルドからノルトハーフェン公国軍の衛生隊で可能な限り他の公正軍の負傷兵も受け入れるという説明は受けていたし、それならば、と現地でより多くの医師や看護師などを雇い入れることができるように協力もした。


 しかし実際に見るまでは、どんなことになるのか想像がつかなかった。

 なぜならオストヴィーゼ公爵にとって、ノルトハーフェン公爵が設立した近代的な衛生組織というのは完全に、未知の存在であったからだ。


 これまで戦場で生じた負傷兵たちの治療は、兵士の自力で行われるか、医師や宗教関係者の自発的なボランティアに頼ることが多かった。

 軍医や看護師を雇うことはあったがその規模は小さく、主に貴族階級にある者たちが治療の対象であり、平民出身の兵士たちに関しては片手間で対応するのがせいぜいであったのだ。


 たとえば、ユリウスの傷を手当てしてくれた軍医はオストヴィーゼ公爵家が雇い入れた者で、他のなによりもまず公爵の手当てをし、今は兵士たちではなく将校たちの手当てをしている。

 雇っている軍医の数が少ないから、どうしても指揮統率上重要で、かつ、多くが貴族階級出身者である将校たちのことが優先になってしまい、兵士たちのことが後回しにされてしまうのだ。


 そしてそれは、これまでのタウゼント帝国では、いや、このヘルデン大陸の戦場では、どこでも当然の光景であった。


 だがエドゥアルドは、治療の対象にすべての兵士たちを含めると決め、これまでにない規模で軍医と看護師を用意した。

 話には聞いていたことだったが、こうして実際に目にすると圧巻という感想しか生まれてこない。


 軍医たちは手早く負傷者を診察し、軽症で戦闘可能な者は看護師にその場で手当てをさせ、戦闘不能なほどの傷を負った者には自ら治療を施し、後送してより本格的な医療を受けさせるために馬車の荷台に乗せて行った。


 さらに、ルーシェから伝言を受けて、大勢の軍医と看護師、そして一部の兵士たちが休息をやめて谷の底へと降りていく。

 そしてしばらくすると、何人もの負傷兵が谷の底から担架で運び出され、あるいは肩を貸されながら連れられてきて、馬車に乗せられていった。


 すぐに馬車はいっぱいになり、馬車は負傷者以外に1台につき1人の看護師を乗せ、後方に向かって引き返していく。


 それで終わりではなかった。

 残った軍医と医師たちはその場でできる限りの治療を続けたし、負傷者を乗せて後方に下がる馬車と入れ違いに追加の医療器具と看護師を乗せた馬車が到着し、応急手当のされた兵士たちがまた乗せられ、後送されていく。


 その様子を、ユリウスはビスケットをかじり、水筒の水で喉の奥に流し込みながら、新鮮な、驚嘆する思いで眺めていた。


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