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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第505話:「勝機:3」

第505話:「勝機:3」


 ユリウスは、エドゥアルドと共に馬首を並べて共に戦うことを楽しみにしている。

 その伝令の言葉は、ノルトハーフェン公爵の心を深くえぐった。


 あるいはそれは、盟友のことを心配する少年公爵を安心させてやるために咄嗟に口から出てきた作り話だったのかもしれない。

 オストヴィーゼ公爵は冷静で物静かな性格であり、いくら戦場に出て気分が高ぶっているからとはいえ、これほど勇壮で好戦的な言葉を述べるとは考えづらかった。


 だが、もし本当に、ユリウスがエドゥアルドの到着を待っているのだとしたら。

 負傷の痛みに耐えながら、援軍が到着することを信じて今も戦っているのだとしたら。


 すぐに、自分自身が増援に向かう。

 喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだエドゥアルドは沈黙した。


 理性と感情が激しくせめぎ合っている。

 まるで盟友を囮にするような作戦だったが、アントンの考えは合理的で正しいとしか考えられない。

 しかし、自分のことを待ってくれているかもしれないユリウスの期待を裏切りたくもない。


「伝令、ご苦労であった。

 ユリウス公爵殿下には、深く感謝を申し上げます。


 加えて、我々はユリウス公爵殿下が作ってくださった好機をつかみ、これより攻勢に出る、とお伝えいただきたい」


 思考がまとまらずなにも言えずにいるエドゥアルドに代わって、アントンが伝令にそう告げる。

 すると伝令は「ハッ! 」と勇ましく返答すると、立ち上がって敬礼をし、踵を返して自身の馬に駆けより、風のように彼の主君の下へと帰って行った。


 ユリウスが農場を奪取したことを好機とし、攻勢に出る。

 アントンはなにもウソは言わなかった。

 ただ、その攻勢は東側ではなく、西側から行いたいということを、伝えなかっただけだ。


 エドゥアルドが動く。

 予備兵力のすべてを投入し、この会戦の勝利を決定づけるために出撃する。


 そう伝えられた伝令のすがたは、あっという間に遠ざかっていく。

 この[吉報]を、1秒でも早く主君に伝え、喜ばせたいのだろう。


 ただ、彼は知らないはずだった。

 攻勢は自分たちが多くの犠牲を払って獲得した東側ではなく、西側から行われるだろうということを。


「ヴィルヘルム」


 伝令の後姿を見送るうちに、いよいよ自分では判断できないと思ったエドゥアルドは、まるで救いを求めるように静かに近くでひかえていたブレーンの顔を見つめる。


わたくしにも、アントン殿の策が正しいように思われます」


 しかし、返って来た返答は期待していたものとは真逆のモノだった。


「この戦いにおいて、ベネディクト公爵を取り逃がすことだけは絶対にあってはなりません。


 ヴェストヘルゼン公国は、我がタウゼント帝国西方の守りを担って来た要害堅固の地。

 たとえ兵力が少数であろうと、難攻不落となります。


 もしベネディクト公爵がそこに逃げ込めば、容易には無力化することができません。

 内乱がさらなる長期化をしてしまうか。

 あるいは、我が方が大幅な譲歩を迫られた上で、和議を結ぶこととなるか。


 いずれにしろ、望ましくない結果をもたらすこととなりましょう。


 殿下。

 戦いは、この会戦だけで終わりとはなりません。


 殿下には、このタウゼント帝国を掌握し、新しい国に作り替えるという使命がおありになり、加えて、アルエット共和国とも対決せねばならないのです」


 アントンもヴィルヘルムも、主君の心情は十分すぎるほどに熟知していた。


 自分のために命がけになってくれた盟友のために、自分自身も同様のことをしなければならない。

 それは一種の義務感だ。

 そして、若く、真っ直ぐな性格をした少年公爵にとって、その気持ちは強いものだった。


 だが、彼は認めざるを得なかった。

 自分が信頼する臣下たちの助言は、何度考え直してみても正しいということを。


 ユリウスと共に馬首を並べて戦えれば、それは信義にかなった行為であるのに違いなかった。

 しかしそれではベネディクトの退路を遮断し、彼を確実に討ち取るか捕らえるということができないかもしれない。


 もしそうなりでもしたら、この会戦での勝利も意味を成さなくなる。


 この戦いではすでに多くの犠牲が生じている。

 エドゥアルドの命令によって兵士たちは戦い、傷つき、命を失った。


 その献身に本当の意味で報いるとしたらそれは、彼らの犠牲の上につかんだ勝利に、より大きな意味を持たせることであるはずだった。


「……わかった。

 貴殿たちの言う通り、攻勢は西側より行うこととする」


 歯を食いしばり、数分間も沈黙を保っていたエドゥアルドがやがて震える声でそう述べると、彼の判断が下されるのをじっと待っていたアントンとヴィルヘルムはほっとした顔を見せる。

 もし主君がどうしても、と言い出したら、彼らはその言葉には逆らえないからだ。


「かしこまりました。直ちにすべての予備兵力に対し、西側に展開するように命じます」


 それから姿勢を正してアントンは敬礼し、実際に軍を動かすための指示を出すべく、参謀将校や伝令の士官たちの方へと踵を返して向かっていく。


 エドゥアルドは動かなかった。

 部隊をどう動かすか具体的なことはすべてアントンの頭の中で完成しているはずで、自分があれこれ指示を出すことなどせず彼に任せておけばいいし、余計な口出しはしない方がいい。


 だが、そのことが逆に、心苦しさを増大させる。

 せめて、なにか目の前にやるべきことがあって、それに専念することができれば、この罪悪感に向き合わずに済むはずなのだ。


「殿下。

 わたくしはユリウス殿下の下に向かおうかと存じます」


 そんなエドゥアルドの感情を表情から見て取ったのか、ヴィルヘルムがそう申し出る。


「殿下が西側から敵軍を突き崩し、敵の退路を遮断するまでの間、ユリウス殿下はベネディクト公爵からの逆襲に耐えねばならないはずです。

 役不足かもしれませんが、殿下に代わりまして、わたくしがユリウス公爵と共に戦って参ります」


 その言葉は、誠実なものだった。

 それを聞いた時、少年公爵は確かに、心痛が軽くなったように思った。

 救われた気がした。


「そうか……。

 ヴィルヘルム、頼まれてくれるか? 」


「はい。お任せください」


 ヴィルヘルムのうなずきは、力強く、頼もしく思えるものだった。


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