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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第500話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:10」

第500話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:10」


 戦場の東側に存在する、丘の上にある農場。

 そこに対する5回目の攻撃は、午前10時ぴったりに開始された。


 これまでは、東側から迂回する部隊と谷底から丘の上によじ登る部隊が同時に攻撃をしかけつつ、砲撃と軽歩兵による狙撃で支援を行うというやり方で攻撃が行われて来た。

 しかし、この5回目の攻撃は、これまでとはやり方が変わっていた。


 歩兵による攻撃が行われず、砲撃だけが開始されたのだ。


 ただし、その砲撃はこれまで以上に強烈なものであった。

 元々配備されていた砲兵に加えて、エドゥアルドがユリウスを支援するために派遣した4個砲兵大隊が参加し、農場に向けて次々と砲弾を送り込んでいった。


 再配置するのには大きな苦労があったが、150ミリ口径の重野戦砲は特に絶大な威力を発揮した。

 発射される重い砲弾は農場を守っていた石垣を容易に打ち砕いたし、建物に命中すれば壁を何枚も貫通し、柱をへし折った。


 リヒター準男爵の指揮の下で農場の守備についていた連合軍の将兵は、この猛烈な砲撃をひたすら耐え忍ぶしかなかった。

 小銃の射程圏内には敵兵が迫ってきていなかったし、なにより、反撃しようにもまともな数の火砲が残っていなかったからだ。


 ノルトハーフェン公国軍の参謀総長、アントン・フォン・シュタムが行った対砲兵戦の効果が出ている。

 連合軍はすべてではないものの多くの大砲をすでに失ってしまっており、戦線東側に集中された150門近くにもなる火砲の集中射撃に対抗する術を失っていたのだ。


 ほどなくして、農場の建物は次々と崩壊し、あるいは、炎に包まれた。


 連合軍が防衛拠点としていた建物はみな、頑丈なものだった。

 壁は小銃弾を受け止めるのに十分に厚かったし、特に地主の母屋であった屋敷と呼ぶべき建物は大きく柱も多く、どんな風雨にも耐えられるだろうという頼もしさがあった。


 しかしそんな立派な建物も、次々と撃ち込まれる砲弾に耐えることなど不可能だった。

 砲弾はまるで壁など紙切れであるかのように貫通し、その中に隠れていた兵士ごと貫いていった。


 建物の倒壊が始まった時、そこに籠もっていた連合軍の将兵の多くはまだその中にいた。

 猛烈な砲撃の中で、外に出て行くのは自殺行為であると思えたからだ。


 しかしそれがかえって被害を大きくした。

 崩れる建物の梁や壁に巻き込まれ、建物に籠もっていた守備隊のほとんどが犠牲となってしまったからだ。

 そして寸前で飛び出して来た兵士たちも、榴弾砲の至近弾や、軽歩兵による狙撃などを受けて次々と倒れて行った。


 農場でくり広げられる惨状を、ユリウス・フォン・オストヴィーゼは、多くの味方の死傷者が横たわっている谷底から見上げていた。


 その手には、抜き身のサーベルが握られている。

 儀礼用のものではなく、刃のついた本物の刀剣。

 ━━━ユリウスは、この5回目の攻撃に自ら参加するつもりで、この場にやって来ているのだ。


 途切れることなく続く砲声の中、オストヴィーゼ公爵に従う兵士たちはみな、沈黙して攻撃開始の時を待っている。

 これまでにない猛烈な砲撃により丘を奪取するのに当たって邪魔となる障害の多くは無力化されるはずだったが、しかし、それでも本当に成功するのかどうか、自分が生きて帰れるのかどうか、誰もが不安に思わずにはいられないのだ。


 なにしろ、彼らの足元には多くの死傷者が倒れたままになっている。

 折り重なり、傷口から血を流したまま動かない戦死者や、苦しそうにうめいている負傷者たちの姿を見れば、これが数分後の自分の姿かと恐ろしく思えてくるのは当然のことだった。


 ユリウスが自ら陣頭に立ったのは、この惨状を目にしてすくむ兵士たちの心を再び奮い立たせるためであった。

 そして、この5回目の攻撃により、必ずこの丘を奪取するのだという決意の表れでもある。


 戦闘が始まってから、もう間もなく5時間になろうとしている。

 さすがに前線で戦い続けている各部隊には疲労の気配が見え始めていたし、ここで、敵から要地である丘の上を奪取できなければ、公正軍は勝機を失いかねない状況になってきているのだ。


(父上には申し訳ないが……。

 ここで、自分が先頭に立たないわけにはいかない)


 普通、一軍の、しかも公爵という高い地位にある指揮官がこのように陣頭に立って、しかも自らサーベルを振るい、率先して突撃をするなどということはあり得ない。

 前線に出るのだとしても最前列ではなく、兵士たちによる守りの後ろに出るのがせいぜいであるはずだ。


 なにしろ、万が一敵弾を受け、負傷したり戦死したりしてしまえば、それで指揮下にある部隊のすべてが満足に戦えなくなってしまう。

 誰かが指揮を引き継ぐのにしろ、指揮権の移譲には混乱がつきものであったし、軍の統率を失って全面的な敗走につながる恐れもある。


 そういったリスクを考えれば、司令官は最前線になど立たない方が良い。

 良いのだが、今回の攻撃を確実に成功させるためには自身の身の安全など考慮していられないというのが、ユリウスの考えだった。


 反対意見は多くあった。

 オストヴィーゼ公国出身の将校や側近たちはもちろん、指揮下に入っている諸侯たちもみな、危険だ、と言って止めた。

 だがそれでも、彼はこの場に立つことを熱望し、その意志を押し通したのだ。


 自身の命令によって突撃を敢行し、死傷していった部下たちへの思いが強くある。

 我が身を兵士たちと同じように危険にさらし、彼らが経験したのと同じ苦難を受けることによって、少しでも兵士たちと気持ちを共有し、命令に従って勇敢に戦い、死んでいった者たちの魂に報いたいと思うのだ。


オストヴィーゼ公爵は一度、自身に従っている将兵を見渡す。


 様々な顔立ち、体格の者たちがいる。

 ほとんどは直接面識などない、見知らぬ者たちだ。


 しかし彼らは、自分の命令によってこれから突撃をし、敵を撃ち、そして敵から撃たれることになる者たちなのだ。


 すでに敵弾を受けてしまった死傷者たちの姿と合わせて、ユリウスは彼ら、兵士たちのことを自身の記憶に深く刻み込む。


 そして再び断崖の上を見すえた時、その表情には一切の迷いはなく、ただ、必ずこの戦いに勝利するのだという決意だけがあらわれていた。


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