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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第499話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:9」

第499話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:9」


 真剣な表情でこちらのことを見つめ返してくるヴィルヘルムの姿を目にした時、ユリウスは自身の拳を思わず強く握りしめていた。


 グラオベーアヒューゲルの会戦の勝敗を大きく左右するかもしれない要地である、丘の上に建つ農場。

 敵に奪取されたこの場所を制圧するために公正軍はすでに4度攻撃を行い、4度撃退されている。


 このために、ユリウスの部下の多くが死傷し、前線では、救助されないままの負傷者が今も苦しみ、うめき声をあげている。


 そんな状況から脱するヒントを得られると思うと、一字一句も聞き逃すまいと、自然と身体に力が入ってしまうのだ。


「殿下。

 わたくしが思いますのに、必ずしも、あの農場を占領する必要はないように思うのです」


 しかし、ヴィルヘルムの口から出てきたその言葉は、意外なものだった。


 農場を占領する必要はない。

 それは、これまで4回くり返して来た攻撃そのものを否定するような言葉だった。


「ヴィルヘルム殿、それは、おかしくはありませんか?

 軍議の席で、わたくしはアントン殿からあの農場のある丘をなんとしても奪取して欲しいと、それがこの会戦全体を左右すると、そうお教えいただいております。

 また、3万5千の将兵を預かる上は、必ずあの丘を取ると約束申し上げました。


 それを、占領せずとも良いというのは……」


わたくしが申し上げましたのは、農場、であって、あの丘、ではございません。

 殿下もご存じの通り、あの丘は必ず手に入れなければならない、この会戦の勝敗を決定づける要地でございます」


「では、いったい、どういう……? 」


 ユリウスは自身の指摘にすかさず言葉を返して来たヴィルヘルムの説明に、いぶかしむように眉をひそめる。


「ユリウス殿下。

 殿下はこれまで、あの農場の建物になるべく被害を与えないように攻撃をなさっておいでですね? 」


「はい。貴殿のおっしゃる通りです。

 あの農場の建物は戦場全体を見渡すのにあれば有利せすし、占領した後で、敵の逆襲を防止する役にも立ちましょう。

 ですから、なるべく建物に危害を加えぬようにと命じております」


「あの農場の建物に価値があることは、誰もが認めるところでございましょう。

 しかしながらそのために砲撃の威力が十分に発揮できず、敵陣の守りを崩せぬ一因になっているのではないでしょうか? 」


 その指摘に、ユリウスは少し驚き、口をへの字にする。


 確かに、ヴィルヘルムの言葉は的を射ているように思えたのだ。

 農場の建物には、戦場を観察する見張り台としても、敵の攻撃を防ぐ防御陣地としても、利用価値がある。

 だからできればそっくりそのまま手に入れたい。


 そのためにユリウスは、農場の建物に被害を与えないように砲撃するように命じている。

 だがそのために砲撃が不徹底となり、十分に敵に打撃を与えることができていないのではないか。

 そして農場の建物が残っているために、せっかく丘の上にたどり着いてもそこから逆襲され、攻略が失敗しているのではないか。


「しかし、農場の建物を破壊してしまってもよいのでしょうか? 」


 ユリウスには、ヴィルヘルムがなにを言いたいのかがわかった。

 農場をこちらが利用することを考え、なるべくダメージを与えないように注意して砲撃を加えるのではなく、建物も容赦なく砲撃し、そこの守備についている敵兵ごと根こそぎ吹き飛ばしてしまえと言いに来ているのだ。


 だから本当にそんなことをしてしまっても良いのかとたずねると、優男は迷わずに「はい」とはっきりとうなずいてみせる。


「先にも申し上げましたが、我々が奪取するべきは農場ではなく、農場のある[丘]なのです。

 殿下の旗下にございます砲兵火力を集中し、徹底的に建物を破壊してしまえば、そこに籠もっている敵軍に打撃を与えられるだけではなく、我が方に防衛線を突き破られた後に反撃する拠点を奪うことができます。


 きっと、次の突撃では丘を奪取することができましょう。

 そして建物などなくとも丘の上からは戦場の多くが見渡せますし、なにより、この重要な拠点を奪われたことを知れば、敵軍に少なからず動揺を生じさせることにもなります。


 そこを突けば、戦局全体の流れを決定づけることも叶います。

 まずはなによりも丘を奪取し、この戦況を動かさねばなりません」


「だが敵は我が方よりも数で勝っております。

 丘を奪取できたとしても、リヒター準男爵がこちらよりも多い兵力で逆襲に転じてくれば、どうなりますか。

 農場の建物なしでは、守りきれぬかもしれません」


「リヒター準男爵は歴戦の、勇猛でありながら冷静な判断もできる優れた将帥でございます。

 しかしながら、先のルーイヒ丘陵の戦いにおいては、モーント準伯爵の来援に驚き、兵の損失を抑えるために自軍に退却を命じ、フランツ公爵を討ち取る絶好の好機を逃しております。

 良くも悪くも冒険をしない堅実な判断をするお方と見受けられます。


 今、リヒター準男爵は東から迂回して攻撃されることを警戒し、そちらの守りに主力を割いております。

 もし農場を我が方が占領すれば、それはその後方を脅かす形勢となりますから、きっと、リヒター準男爵は我が方に挟撃される危険を避けて後退し、態勢を立て直そうとするでしょう。


 その間に、我が方も丘に増援を送り込み、十分に防備を固めることができるはずです。

 彼の逆襲を恐れることはありません」


「そうなるとよいのですが……」


 ユリウスは即答しなかった。

 ただヴィルヘルムの視線をじっと見つめ返し、彼の言葉の奥底にある本心を探り、この進言が本当にうまくいくのかどうかを思案する。


 やがてオストヴィーゼ公爵は小さく嘆息すると、うなずいてみせていた。


「わかりました。

 ここは、貴殿の言う通りにしましょう。


 このままでは5回目の攻撃も、これまでと同じ結果になってしまいかねませんから」


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