第497話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:7」
第497話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:7」
歩兵部隊による増援は実施できないが、合計で4個砲兵大隊、64門の火砲を指揮下に送る。
増援を求めたことに対するエドゥアルドからの返答を伝令から聞かされたユリウスは、小さな溜息を吐いていた。
本音を言えば、歩兵による援軍も欲しかった。
しかし砲兵だけでも増強してもらえるのならば、ひとまずは妥協点といったところで、少しだけだが安心することができたのだ。
時刻は午前8時になろうとしていた。
戦闘が開始されてから、すでに2時間半。
これまでにユリウスは戦場の東側の丘の上にある農場を奪取するべく3度、攻撃を仕掛けたのだが、そのいずれも失敗に終わっていた。
敵に有利な地形を占められているということだけが、この苦戦の原因ではない。
指揮官であるリヒター準男爵の指揮能力が優れているのだ。
ユリウスは農場に対して二方向から攻撃を加えることを作戦の基本としていた。
一部を戦場の東側の集落方面に迂回させるのと同時に、高さ10メートルの断崖をよじ登って丘の上にある農場の占領を目指しているのだ。
地形的な制約のために、南側にいる公正軍が選択できる攻略ルートは限られている。
その限られた経路を最大限に活用し、一度にできるだけ多くの兵力を集中させ、農場を奪取する。
そういう狙いであったのだが、リヒター準男爵はその限られた進路を巧みに封鎖し、守りを固めていた。
断崖を登ろうとすれば上から射撃され、石やレンガを落とされ、谷底に擲弾が投げ込まれる。
迂回して東側から攻撃を加える部隊も、農場の区画を区切る石垣と建物を利用して即席の防御陣地を築いた敵軍を突破することができずにいる。
死傷者だけが、増えて行く。
それも、ほとんど一方的な損害だ。
敵にだって被害は与えているはずだったが、有利な位置を占めている上に防御側である彼らは障壁に身を隠すことができる。
それに対し、攻撃を行うこちら側の将兵は、移動のためにどうしてもその身を敵にさらさなければならないのだ。
より多くの兵力を得て、東側から迂回する兵力を増強して敵を半包囲したい。
ユリウスはそう考え、エドゥアルドに増援を求める伝令を走らせた。
この戦場において、農場の制圧のために一気に大兵力を送り込めるとしたら、それは東側から迂回するルートしかなかった。
南側から谷を越え断崖を登るルートでは、どう頑張っても一度に大兵力を送り込むことは難しい。
農場の防御態勢を粉砕するほどの兵力を叩きつけるためには、より多くの兵力を集め東側に回り込んで総攻撃をかける以外には考えられない。
しかし、得られた増援は歩兵ではなく、砲兵。
ユリウスが構想していた攻撃方法は取れそうにはなかった。
(恨むような筋合いではない。
他の戦線も手いっぱいであるだろうし、エドゥアルド殿は最大限、私のために力を尽くしてくれているのだから)
農場から南に1キロ程度、ちょうどこの時代の前装式カノン砲の射程外になる地点を前線指揮所と定めて将兵を指揮していたユリウスはすぐに気持ちを切り替え、新たに得られた戦力をどう活用するべきかを思考する。
アントン参謀総長の構想により、敵の砲兵を無力化するために差し向けられていた6個砲兵大隊の内、4個砲兵大隊がユリウスの指揮下に入ることとなった。
そのうち、元々東側の戦線に展開していた2個砲兵大隊は、命令さえあればすぐに農場に対して射撃を開始することができる。
残りの2個大隊は、現在農場を射撃可能な位置に移動中だった。
この火力は決して小さなものではない。
集中して射撃を行えば、敵が占拠している農場の建物をすべて破壊してしまうことも不可能ではないだろう。
そしてそうすることができれば、こちらの攻撃を退け続けている敵の防御態勢を大きく崩してやることができる。
(しかし、農場を破壊してしまって良いものなのか……)
ユリウスは単純に砲兵の火力で敵を滅多打ちにすることを躊躇していた。
別に、農場の持ち主たちのことや、ましてや住処を失うことになる家畜たちに配慮しているわけではない。
農場の建物、特に粉ひきのために使われている風車小屋などは高さのある建物であり、敵陣の様子を観察するのに絶好の見張り所にすることができるのだ。
敵の防御を崩すために建物を破壊するということは、そういった、こちらが占領すれば明らかに有用な施設まで失ってしまうということだ。
だからユリウスは、単純に砲兵の火力をぶつけるのではなく、なにか他に使い道はないかと思案する。
結局、ユリウスは農場の建物をできる限り破壊せずに攻略することを目指すと決めた。
農場の建物が残っていればそこを占領した後で当然行われるであろう敵軍の逆襲を迎え撃つことに有益であるし、戦場全体を監視するのに役に立つからだ。
砲兵の増援は、農場の建物以外の、石垣の裏などに隠れている敵兵を制圧するために投入することに決めた。
こうして、4度目の攻撃は、━━━失敗、した。
強化された砲撃支援により石垣の防御ラインを突破することはできた。
放たれた砲弾は散発的に石垣に命中し、そこを突き崩し、隠れていた敵兵を打ち倒した。
このおかげで、4度目の攻撃隊は農場のある丘の上にまで到達し、一部は建物の内部にまで突入を果たして白兵戦を展開することとなった。
しかし、それ以上の成果はあがらなかった。
こちらが意図的に狙わなかった建物に陣取った敵兵から盛んに反撃の射撃が行われただけではなく、丘の上にまでたどり着くことができた将兵の数が少なかったからだ。
「また、失敗か……」
望遠鏡越しに、一度は丘の上に翻った味方の軍旗が敵によって谷底に投げ捨てられる様を目撃したユリウスは、悔しさのあまりにそううめくように言葉を漏らし、ほぞを噛んでいた。




