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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第496話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:6」

第496話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:6」


 公正軍が有利な戦いをくり広げていたグラオベーアシューゲルの西側の前線だったが、その流れが突然、変化した。


 会戦が始まってからおよそ2時間後の、午前7時30分ごろ。

 西側の前線に連合軍の予備兵力が投入され、防衛線を強化したからだ。


 来援したのは、ズィンゲンガルテン公爵自身が率いている部隊だった。

 というのは、じりじりと後退を続ける味方部隊の様子に業を煮やしたフランツが、兵士たちを叱咤するために自ら陣頭に立つことを決意したからだ。


 彼は貴族社会の中に生きてきた人間であり、自分は特別な、選ばれた高貴な存在であると信じ、臣民に対して我が大義のために犠牲になれと命じる傲慢さを持った人間だった。

 しかし、決して臆病者ではなかった。


 死を恐れていなかった。

 貴族としての名誉を汚すくらいならば、死を。

 そう思い切ることのできる人物なのだ。


 だから彼は、敵から狙撃される危険がある前線近くにまで自ら馬を進めてきた。


 この思い切った決断には、以前から兵士たちの士気が著しく低いことをフランツ自身も感じ取っており、このまま公正軍に押され続けている西側でなにもしなければ、遠からず前線一帯が崩壊するのではないかと、そう深刻に危惧したことも理由としてある。


 出撃して来たのは、後方で待機していたズィンゲンガルテン公国軍のすべて、2万余の部隊だ。

 その中には公爵を守護する近衛隊も含まれている。


 フランツ自身の出撃があったからと言って、連合軍の兵士の士気が一気に高まる、などということは起こらなかった。

 兵士たちにとって主君はもはや狂気に取りつかれた野心家に過ぎず、それが前に出てきて自身の身を危険にさらしたところで、今さらなんの感動もないのだ。


 しかし、率いてきた2万余の兵力の[武力]は、兵士たちを震え上がらせた。

 彼らはここ何年かの戦乱で衰弱して来たズィンゲンガルテン公国軍に残された精鋭部隊であり、その将兵の多くは経験豊富な古参によって構成されているのだ。


 特に、近衛たち。

 誰が見てもそうと分かる、ひと際派手な金の飾りのついた軍装を身にまとった公爵の最精鋭部隊は、その構成員の多くが貴族階級に連なる者や公爵家と結びつきの強い有力者たちの子弟であり、根本的な意識が平民出身の兵士たちとはまったく異なっている。


 つまり、もしフランツが反逆者を、臆病者を撃て、と命じたら、その銃口を容赦なく向けて来るのに違いないのだ。

 それがたとえ、味方であろうとも。


 前線で戦う兵士たちは、粛清を恐れた。

 無辜の民衆に肉壁になれと命じるような主君であれば、自身が裏切り者と見なした相手にはなんの躊躇いもなく発砲を命じるに違いないと、誰もがそう考えた。


 恐怖のために、西側の前線で戦っている兵士たちは後退をやめ、必死に踏みとどまるようになった。


 この突然の変化により、公正軍が有利に戦っていた西側においても、戦局は膠着状態に陥ってしまった。


────────────────────────────────────────


「公爵殿下。どうやら、どの戦線でも敵軍を攻めあぐねてしまっている様子でございます」


 戦場の南側、公正軍の本営。

 そこから見渡せる限りの戦場を見渡していたノルトハーフェン公国軍の参謀総長、アントン・フォン・シュタムは自身の目に当てていた望遠鏡を下ろすと、エドゥアルドの方を振り返らないまま、冷静な声でそう報告した。


「伝令からの報告も、みなそのようだ。

 前線の将兵には、ずいぶん苦労をかけてしまっている」


 その背後で泰然と立ち、真剣な表情で自身の肉眼で戦場を見つめていた少年公爵も、落ち着いた口調でうなずき返した。


 ただ、その内心は決して、穏やかなものではない。

 戦場一帯には常に銃声と砲声が轟いているし、戦場では刻一刻と、死傷者が増え続けている。


 どうして安穏としていられるだろうか。


 しかし、エドゥアルドは11万5千の将兵を指揮する者として、決して動揺を表に出すことは許されなかった。

 そういうことは幼いころから公爵としての英才教育で学んできたし、なにより、目の前に将帥としてふさわしい態度というものを体現している、老練な将校がいる。

 内心の焦りを少しでも漏らすことはできなかった。


「特に、東側の戦況。

 ユリウス殿が苦戦しているらしい」


 感情を押し殺しつつも、しかし、少年公爵はなにも言わないでいることはできなかった。

 前線の東側では、丘の上の農場を巡って激戦がくり広げられており、指揮をとっているユリウスからは苦境がすでに何度も伝えられており、可能ならば増援を求めると言われているからだ。


「まだ予備兵力を動かすのは、早いようでございます」


 アントンは、エドゥアルドが言外に込めた「増援を出すべきではないか? 」という問いかけを、やんわりと否定した。


 敵は、連合軍はすでに予備兵力を投入しているが、戦局が決定的に動きを見せる局面には至っていない。

 戦闘開始から2時間以上が経過しているがまだ前線の部隊はいずれも余力を残しており、ここでこちら側の予備兵力を投入しても、敵軍にはそれに対処する力が残されている。

 兵力を徒に消耗させるだけとなるのに違いないのだ。


 アントンは、予備兵力はあくまで攻撃的に使いたいと考えている。

 敵軍が消耗し、余力を失ったところに、まだ元気で戦力の充実している予備兵力を一気に叩きつけることで、敵に対処不能な打撃を与えて勝敗を決定づける。

 そのために、今は予備兵力を温存したいらしかった


 しかし彼は、ユリウスの苦戦について、なにも対処をしないつもりではなかった。


「ユリウス殿下のためには、我が方の砲兵の支援を強化することで応ずるべきであると考えます。


 幸い、これまでの対砲兵射撃によって、敵の砲兵戦力を大きく削ることができました。

 対砲兵戦を行っていた砲兵の照準を敵に占拠されております農場に向けてもよろしいかと存じます。

 東側の戦線に展開している2個砲兵大隊であれば、直ちに支援を実施できるはずです」


「そうか、砲兵を差し向けるのか」


 歩兵は無理でも、砲兵ならば増援に出せる。

 そのアントンの言葉にエドゥアルドは表情を明るくし、それからすぐに、東側に展開していた2個砲兵大隊に加え、中央部に展開していた2個砲兵大隊をユリウスの指揮下に入れるように命じた。


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