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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第495話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:5」

第495話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:5」


 前線の東側でエドゥアルドの公正軍は苦戦し、中央部では当初有利であったものの、ほどなくして前進が止まって膠着状態に陥りつつあった。

 では、前線の西側ではどうなっているかというと、こちらでは攻勢が順調に進んでいた。


 戦場の西側も小高い丘が点在している地形だったが、東側のように崖と呼べるほどの段差はない。

 徒歩で容易に行き来できる程度の傾斜で地形が連続してつながっており、攻防上で憂慮するべき特異な障害は存在していない。


 小さな集落を中心として農家と林が点在している以外はすべて耕作地となっている。

 耕作地ではいわゆる輪作が行われており、様々な種類の作物を育てている畑と放牧地が入り混じって広がっている。


 この方面に展開しているのは、連合軍の側はズィンゲンガルテン公国軍を中核とするおよそ3万の部隊で、公正軍の側はノルトハーフェン公国軍の第2師団を中核とする2万5千の部隊だった。


 数の上では、敵軍の方が上回っている。

 しかし戦闘は、交戦が開始された当初から公正軍の方が優勢であった。


 中央部で旺盛な戦意を頼みに攻撃を続ける第3師団が新設された部隊によって構成されているのとは異なり、第2師団は以前からノルトハーフェン公国軍に存在していた部隊によって構成されている、十分な訓練を積んでいる有力な師団だった。

 第3師団の新設に伴い、ベテランの士官や下士官を引き抜かれてはいたものの、兵士としての生活が染みついている古参兵が多く、その戦闘力は十分に発揮することができる状態にある。


 エドゥアルドの理想を信じ、新しい時代をこの国にもたらすのだという気概を持つ彼らの士気は第3師団と同様に高いものであったが、それ以上に、第2師団は用兵面でも巧妙な戦い方ができる部隊であった。


 こうした強力な師団が攻勢の主役となっているから、という理由だけでなく、この方面における公正軍の優勢は、相対する敵軍の士気が著しく低い、ということも大きな要因として働いていた。


 最初、西側に展開する連合軍はこちらに向かって前進をし、攻撃を仕掛けて来たものの、公正軍の側の攻撃を受けると容易に後退に転じた。

 総崩れになって一気に敗走する、というわけではない。

 兵士たちは命令に従って戦いはするものの、なんとしてでも勝利をつかもうという気概がないのだ。


 連合軍の兵士たちは、迷っている様子だった。

 本当にエドゥアルドの軍隊と戦っても良いのか、そうするべきなのかと、躊躇している。


 これは、事前に少年公爵のブレーン、ヴィルヘルムの発案によってしかけられた計略による効果が出ているためであった。


 ノルトハーフェン公爵はヴェーゼンシュタットへの進駐に際し、綱紀を厳粛に保ち無血と言ってよい状態で占領を完了させただけではなく、公子ハインリヒを始めとする要人だけではなく、民衆に対しても危害を加えようとはしなかった。

 前線に物資を送り込むといった行為は禁止したものの、通常の商取引のためであれば城門を行き来することを許可したし、極端に過激な行動でなければ、占領軍に対する不満を人々が口にすることを禁止することもなかった。


 これに対し、ヴェーゼンシュタットの本来の支配者であるはずのズィンゲンガルテン公爵は、民衆に「肉壁になれ」と冷酷な命令を下した。

 モーント準伯爵を始めとする開城派の尽力とハインリヒの良識によってそのような事態は回避されたが、元々、平民のことをなんとも思わぬ行動をくり返していたこともあり、自分たちの主君に対する不信感は兵士たちの間に強く根付いている。


 エドゥアルドのおかげで、兵士たちの家族は無事に、安心して暮らすことができているのだ。

 フランツのおかげではない。


 それどころか、彼こそが民衆を保護するべきであったのに、真逆の、自分のために犠牲になれ、という命令を下したのだ。


 そんな主君のために戦うことに、なんの意義があるのか。

 というよりも、こんな人物を勝たせて、本当に良いのか。


 兵士たちはみな表立って口にはしないものの、そんな心情を抱いていた。


 この内戦が始まる前、フランツの評価はなかなかのものであった。

 彼はズィンゲンガルテン公爵家が長年の婚姻政策によって培った血縁を巧みに利用した政治工作を得意とし、帝国において大きな発言力を有していたし、国内においては目立った改革こそないものの人々を飢えさせるようなことはなく、名君と呼ばれていた。


 だからこそ彼は皇帝選挙においてベネディクトと覇を争う対立候補となることができたのだ。


 しかし、その信望はすっかり失われていた。

 彼は皇帝になるという野心に取りつかれ、平民を人ではなく自らの[所有物]と見なす本性が暴き出された結果、彼のために積極的に戦おうと志す者はいなくなっていた。


 そもそもこの戦場に連れて来られているズィンゲンガルテン公国軍の兵士の多くは、無理矢理徴集されて来た者たちなのだ。

 体力の充実した世代だけではなく、老人や、未熟な子供と呼べるような者まで数多く混ざっている。


 徴兵制であれば、エドゥアルドも敷いている。

 しかし彼は国内で改革を推し進め、議会を開催して平民に政治参加の道を開き、富国政策によって国を豊かにしている。


 だから徴兵されても、人々にはある程度の納得感があった。

 この主君のためならば命をかけても良いと考える者が数多くいたのだ。

 それが、現在の士気の高さにもつながっている。


 ズィンゲンガルテン公国軍ではそういったことは一切なかった。

 平民たちは徴集され兵士になったが、フランツはそれに対してなにか見返りを与えることはない。

 昔ながらの貴族の権威を振りかざし、ただ一方的に搾取しているだけだった。


 そんな状態だったから、西側の、ズィンゲンガルテン公国軍を中心として編制された連合軍の部隊は自ら進んで戦おうとはせず、徐々に、しかし留まることなく後退を続けて行った。

 彼らが一斉に敗走に転じないのは、こんな主君のためには戦いたくないという思いと同時に、敵に背中を向けるという不名誉を受けたくないという矜持が存在しているからに過ぎない。


 戦線東側においては苦戦が続いていたが、この西側については、公正軍の勝利は時間の問題と思わされる戦況だった。


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