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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第494話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:4」

第494話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:4」


 東西に4キロメートル以上の長さで形成された前線の東側、丘の上にある農場を奪取するためにユリウス公爵が血みどろの戦いをくり広げている一方、中央部分では文字通りに泥臭い戦いがくり広げられていた。

 というのは、戦線の中央部は低地が広がっており、川こそ流れてはいないものの、数日前に降った雨の影響でたくさんの水たまりができていたからだ。


 お世辞にも快適な場所とは言い難かった。

 低地ゆえに周囲から流れ込んだ雨水が排水されず、水分を多く含んだ土壌はドロドロになっている。


 雨が降るたびに水浸しになり酷くぬかるむこの場所には、平時はほとんど人が寄りつかないし、住んでもいない。

 なんとか耕作地にしようと挑戦されたことはあるものの、あまりにも水はけが悪くまともに作物が育たなかったので放棄されてしまっていた。

 当然、家屋の類も見当たらず、泥と木々と茂みがあちこちにあるだけだった。


 だが、戦場となった以上はそんな場所であっても兵士たちは進んで行かなければならない。

 ブーツをぐちゃぐちゃになった地面に突っ込み、跳ねた泥でズボンを汚し、時に足を取られながら、それでも彼らは隊列を乱さずに進んでいく。


 こんな場所での戦闘は、やはり好ましくはなかった。

 歩きにくいし、汚れるし。

 そしてなにより、ここで被弾して倒れようものならば容赦なく傷口が泥につかり、生きながらえたとしても後に傷が腐って重症化し、命を落とすことになるのに違いないからだ。


 それでも兵士たちはこの場所で戦わなければならなかった。

 不愉快であろうともそこを人間が行き来することができる以上、敵がこの場所を進んで来る可能性は十分にあり得ることだ。

 その敵を放置することなど、できるはずがない。


 戦線の中央部に当たるこの場所に配置された兵力は、連合軍が参戦して来た諸侯の軍を合わせて構成した部隊でおよそ3万、公正軍がノルトハーフェン公国軍の第3師団を中核とするおよそ2万5千だった。 


 ノルトハーフェン公国軍の第3師団は、徴兵制の施行によって編制された、新兵たちを中心として構成された部隊だった。

 その兵士たちは最低限の訓練だけを終えてなんとか兵隊らしい所作ができるようになった、というだけの者たちばかりであったし、それを指揮する下士官や将校たちも、必要数を確保するためにベテランの兵士を抜擢したり、短期間の士官教育を受けたにわか作りだったりする者が大半で、後は現役復帰してもらった老人ロートルばかりであった。


 しかしここでの戦いは、苦戦している東側と異なり、公正軍の側が有利に進めていった。

 というのは練度が未熟であっても将兵の戦意が旺盛であり、積極果敢に攻撃を行ったからだ。


 彼らの士気が高い理由はこれだけではなかった。

 そのほとんどが平民出身である兵士たちは、この戦いで正義があるのは自分たちの側だと信じていたし、平民にも士官の道を開き、議会を開いて政治参加を認めるとうこれまでの施策から、エドゥアルドのことを強く支持していた。

 また、将校たちも通常であればなることが難しかった地位に少年公爵の改革のおかげでつくことができた者が多く、この一戦で活躍を見せればさらなる栄達も不可能ではないと、野心を燃やしている者も少なくはなかった。


 これに対し、連合軍の側の将兵は戦意が乏しかった。

 一部にヴェストヘルゼン公国軍とズィンゲンガルテン公国軍を含んでいるものの、その大半は皇帝軍と正当軍に参集した諸侯たちの寄せ集めであり、貴族特有の特権意識を強く持っている者が多く、そんな彼らは、汚く不快な泥地を自ら進んで踏破しようという気概を持っていなかったからだ。


 しかも、指揮系統が一本化されていなかった。

 公正軍の側はノルトハーフェン公国軍の第3師団の師団長をトップとして指揮系統を再編しており指揮を統一し統率が取れていたのに対し、連合軍の側は諸侯それぞれの権利におもんばかって部隊の再編制と統合を行っていなかったのだ。


 こうした事情から、連合軍はベネディクトとフランツの攻撃命令があるために最初は前進して見せたもののすぐに後退に転じ、乾いた地面があるところまで徐々に後退していった。


 公正軍は少ない戦闘で前進することができたわけだったが、しかし、ほどなくその進む速度は鈍くなっていった。

 というのは、泥地が途切れた辺りにまで後退すると、連合軍は頑強な抵抗を見せるようになったからだ。


 ベネディクトとフランツの両者から踏みとどまって戦うように矢継ぎ早に伝令が到着したということもあるし、東側ではリヒター準男爵の指揮する部隊が農場を占拠し、戦いを有利に進めているという報告がもたらされたからだ。


 別に、自分たちが目の前の、あの不快な泥地を突破せずとも、いずれ東側からリヒター準男爵が突破を果たし、勝利を決定づけるかもしれない。

 そしてそんな勝利の際に自分たちが戦いを避け、後ろに下がっていては、後に行われる論功行賞での不利は免れ得ないのだ。


 せっかくの恩賞のチャンスを失うわけにはいかない。

 戦況が自分にとって有利だという希望を抱いた連合軍の諸侯はそれぞれで勇戦し、公正軍の前進を押しとどめ始めたのだ。


 その戦意の高さから敵軍を押していた中央の公正軍だったが、敵が頑強に抵抗し始めるとそれを屈服させるだけの力は発揮することができなかった。

 やる気はあっても、より効率的な戦いをするための知識や経験が不足しているのだ。


 せっかくの戦意も、その発揮のしかたを間違えると意味を成さない。

 血気盛んな将校などが強引に敵を突破しようとしてかえって手痛い逆襲を受けてしまった部隊や、攻めあぐねて一歩も進めなくなってしまう部隊が続出した。


 しかも東側の丘の上にある農場を敵軍に占領されているために、こちらの動きが筒抜けになってしまっている。

 なんとか工夫して敵を突き崩そうとする試みも何度か行われたが、兵力の移動する様子が子細に把握されてしまうためにそのすべてに対処されてしまって、どうにもうまくいかない。


 こうして前線の中央部分に関しては、戦況は一進一退。

 膠着と言ってもよい状況に陥って行った。


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