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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第493話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:3」

第493話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:3」


 グラオベーアヒューゲルの会戦において、ベネディクト公爵とフランツ公爵が結託してにわかに作られた連合軍と、タウゼント帝国に次の一千年をもたらすための改革を志して立ち上がったエドゥアルド公爵の公正軍との前線は、おおよそ、東西方向に形成されていた。

 というのは、連合軍は北から、公正軍は南から前進してきて、この地で衝突するに至ったからだ。


 そしてその東西に形成された前線の東側、頂上が平たく成形された丘の上に立つ農場。

 そこが、おそらくはこの会戦における最大の激戦地となるはずだった。


 この農場からは、戦場の全体を見渡すことができる。

 ここを確保することができれば、戦局全体を有利に展開することができるのだ。


 その重要さから、この農場を攻略するために、両軍ともに有力な部隊が差し向けられた。

 連合軍からは、グランツ・フォン・リヒター準男爵に率いられた4万。

 公正軍からは、ユリウス・フォン・オストヴィーゼ公爵に率いられた3万5千。


 そして最初に農場を占領したのは、連合軍であった。


 このような事態に至ったのは、多分に地形のためであった。

 農場がある丘は西と南側が高さ10メートルほどの断崖によって切り取られており、公正軍の側からは接近が容易ではなかったからだ。


 グランツもユリウスも野営地を出撃したのはほぼ同時刻であったが、連合軍の部隊はほとんど起伏のない耕作地の中を悠々と進むことができたのに対し、公正軍の側は薪を取るために残された林の中を進み、それから10メートルの崖をよじ登るか、さらに東側に迂回して回り込むかしなければならなかった。


 こうして、農場の母屋の屋根の上には、ヴェストヘルゼン公爵家の紋章である砦が描かれた旗がひるがえることとなった。

 最初の砲声が轟いてからおよそ20分後、午前5時51分のことだった。


 もっとも、こうなるとユリウスはすでに予想していた。

 事前の作戦会議でアントンからそうなるという見通しが説明されていたことであるという以上に、若く経験は浅いが才気ある英明な君主である彼は、地形図から独自にこの展開を予測していた。


 だからユリウスは、慌てて農場を取りにはいかなかった。

 その手前で進軍を一旦停止し、攻略目標を敵が先に奪取することを前提としてじっくりと腰をすえて攻略に取りかかったのだ。


 農場の西と南側は10メートルの断崖に守られている。

 切り立ってはいるが、ロープかハシゴでもあればよじ登ることができそうだ。


 しかし、突破困難な障壁となることは間違いなかった。

 崖を登る動作と敵と戦うことは同時には行えない。

 敵に丘の上を占領されている状況で激しく妨害される中、登り切ることは不可能ではないにしろ、大きな犠牲を伴うことは確実だった。


 だからユリウスは準備なしには攻撃をしかけなかった。

 農場の南側の林の中にまずは軽歩兵と砲兵を集め、橋頭保を築くこととしたのだ。


 農場の南側は、下がってまたあがるような地形になっている。

 ちょうど、幅が数十メートルの浅い谷のようになっているのだ。

 その谷の両岸に双方が拠点を構築し、射撃戦をくり広げた。


 この射撃戦については、公正軍の側がやや有利だった。

 というのは、攻撃の主力となっているオストヴィーゼ公国軍には、ノルトハーフェン公国の半国営企業、ヘルシャフト重工業から新品の前装式ライフル銃や野戦砲が提供されており、兵器の品質と量が優れていたからだ。


 連合軍にも前装式ライフル銃は当然あるし、大砲もある。

 しかし使い込まれたそれはライフリングが摩耗し精度が若干低下していたし、砲兵は数が少なかった。


 加えて、ユリウスの側にはエドゥアルドの命令により、他の部隊から抽出された砲兵が加わっており、火力が強化されていた。

 戦局を左右する重要な戦いになるとわかっていたから、あらかじめ戦力を強化してあったのだ。


 こうした事情で射撃戦を有利に進めたユリウスは、東側から部隊の一部を迂回させて農場を攻撃させつつ、谷の底に兵を下ろして崖をよじ登らせ、南と東の二方向から攻撃させた。


 しかし、支援射撃を密に行っても容易には農場を奪取することができなかった。

 敵は建物を制圧しており高所からこちらの行動を監視することができるだけでなく、農場の区画を分けている低い石垣が絶好の遮蔽物として機能したからだ。


 戦列歩兵というのは基本的に、立った姿勢か、膝立ちの姿勢での射撃が主だった。

 前装式のマスケット銃というのは伏せた姿勢での再装填が不可能ではないにしろ困難なものであるし、一度伏せさせた兵士は、敵の射撃を受けることを恐れて二度と立ち上がれなくなってしまうのではないかと思われていたからだ。


 このために、攻撃するユリウスの側の兵士は、林の中に築いた橋頭保からの射撃を除いては、その身を敵にさらしながら銃を使用するしかなかった。

 それに対し農場を抑えている連合軍の側は、建物のバルコニー、そして石垣の裏から、障害物に身体の一部を隠し、保護しながら射撃を行うことができるのだ。


 射撃の腕前が同様であっても、暴露されている身体の面積が違うのだから、被弾する確率は公正軍の側がずっと大きくなってしまった。

 農場に突入を果たそうと前進する兵士たちは次々と敵弾を受けて倒れ、死傷者がどんどん、増えて行く。


 特に、谷に降りて崖をよじ登ろうとした部隊の死傷率が高かった。

 ロープやハシゴをかけ、兵士たちが崖を登ろうとすると、上から狙い撃ちにされたり、レンガや石などを落とされたりしてしまうのだ。


 谷の底部には死傷者が折り重なっていった。

 不運にも絶命できなかった者は地面をのたうち回りながら苦痛にうめき声をあげ、絶望し、命を失ったものは傷口から流れ出る血潮によって水たまりを作り、守る者のいなくなった隊旗はその血を吸って赤く染まった。


 しかしユリウスはこの惨状を目にしても攻撃を続行させた。

 そうせざるを得なかった。

 この農場を奪取できねば、この会戦における勝利はおぼつかないからだ。


 そうして、いくつもの中隊が農場の攻略のために散って行った。


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