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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第22章:「グラオベーアヒューゲル」

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第491話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:1」

第491話:「グラオベーアヒューゲルの会戦:1」


「攻撃せよ! 」


 エドゥアルドは振り上げた手を敵に向かって鋭く振り下ろし、指揮下にあるすべての将兵に対してそう命じた。

 東の空に朝日が昇ってから10分ほどした後、おおよそ、午前5時30分ほどのことだった。


 どういう風に攻撃を開始するのか。

 それはすでに事前の作戦会議によって定まっていたし、各部隊はその作戦にのっとって展開を終えている。


 後は、少年公爵の命令が届けられるだけだった。


 そして、命令は発せられた。

 単純明快で、短い、攻撃せよという命令が。


 エドゥアルドの号令を受けて、ラッパ手が勇壮なファンファーレのような旋律を力強く吹き鳴らし、公正軍の本営に、ノルトハーフェン公爵の所在を示す旗が高々と掲げられた。


 それが、全軍に対して攻撃を開始するように知らせる合図であった。

 ラッパの音色を聞き、ノルトハーフェン公爵の旗が掲げられたことを確認した各部隊は、定められた作戦通りに行動を開始する。


 まず、野戦砲の放列が一斉に火を噴いた。

 見晴らしの良い丘の上を見繕って築かれた砲兵陣地に配備されたカノン砲が咆哮し、敵陣に向かって砲弾を次々と叩きつけて行く。


 公正軍がこの決戦の場に持ち込んだ大砲は、優に300門を越える。

 アルエット共和国のムナール将軍による[大放列]によってラパン・トルチェの会戦に敗れて以降、ノルトハーフェン公国軍は砲兵の充実に熱心に挑んできたが、それは他の諸侯も同様であり、公正軍の火力は強力なものとなっていた。

 中には旧式の、いつ製造されたのかさえ分からない青銅砲もいくらかその中には含まれていたが、敵陣に砲弾を投射して届かせることのできる能力がある限りは十分に戦力として数え得る。


 攻撃開始を命じたタイミングは、どうやら公正軍も連合軍もほとんど同時である様子だった。

 こちらの陣地で砲声が轟き、一斉に砲腔から火炎が閃き、黒色火薬の爆燃によって生まれる濃密な硝煙によって砲兵たちの姿が覆い隠された時、敵陣でも一斉に野戦砲が火を噴いていた。


 この最初の砲撃の応酬は、連合軍が200門を超える程度の火砲しか戦場に持ち込んでいなかったにも関わらず両軍ともにほとんど互角の密度で行われた。

 というのは、300門以上の野戦砲の内、威力の大きな150ミリ口径以上の重野戦砲を中心に6個砲兵大隊、70門を越える大砲をエドゥアルドたちは隠し、戦闘に参加させていなかったからだ。


「敵砲兵の位置の発見、急げ! 」


 敵軍とほぼ互角の砲撃戦が続き、その弾雨の中で前線の各部隊が前進を行う中、参謀総長のアントンが鋭い声で、望遠鏡を使って敵陣を観察していた参謀将校たちを叱咤する。


 彼らがなにをしているのかと言えば、敵の野戦砲の発砲炎を確認し、その位置を割り出そうとしているのだ。

 参謀将校たちは必死に目を凝らし、敵の砲兵の位置を確認してはそれを報告し、近くのテーブルに広げられた地図に次々とマークされていく。


 やがて敵のほとんどの砲兵陣地が把握できると、その地図は別の地図に素早く模写され、これまで温存させていた6個砲兵大隊の指揮官たちへと伝令によってもたらされた。


 エドゥアルドが、作戦を立案したアントンが、なにをしようとしているのか。

 それは、この決戦のなるべく早期の段階で敵軍の砲兵を捕捉し、撃滅しようということだった。


 戦争において、大砲は恐るべき威力を発揮する。

 発射される砲弾の破壊力は歩兵の横列を何枚も容易に貫通し、敵陣を砕き、硬い城壁でさえ崩してしまう。

 そして接近すれば、ショットガンのように無数の弾丸を発射するブドウ弾を使用して、迫って来た敵の戦列に対し致命的な一撃を与えることができる。


 ムナール将軍が構築した[大放列]ならずとも、大砲の威力は戦況を左右し得る。

 だからアントンは、まずはこの恐るべき脅威を排除することを意図していた。


 温存されていた6個砲兵大隊は、こちらの最初の砲撃に応戦して発砲し、その発砲炎と硝煙によってその位置を暴露した敵砲兵を打ちすえるための部隊だった。

 彼らは敵陣の観察によって把握された敵砲兵の位置が記された地図を受け取ると、アントンから指示された目標に砲口を向け、射角を調整して狙いを定める。


 そうして準備が完了次第、直ちに対砲兵射撃が開始された。

 各砲兵大隊は砲員が直接目視で狙いを修正し、次々と敵の砲兵に命中弾を出していく。


 それは容易な作業ではなかった。

 黒色火薬の濃密な硝煙は敵砲兵陣地の観測を困難なものとしていたし、この時代の大砲の多くは前装式の滑腔砲であり、命中精度が低かったからだ。


 彼らは硝煙の間にわずかに見える敵の影、そして発砲炎の閃きを目印に敵の位置を捉え、狙いを修正しては発砲することをくり返し、粘り強く、敵砲兵を1門1門、根気よく潰していった。

 砲の左右の射角は車輪付きであることを生かして砲自体を左右に転回し、射程については砲車と砲尾の間に設置された三角版をどれだけ食い込ませるかで仰角を調整するのに加えて、砲弾を発射する際の装薬の量を増減して調整した。

三角板を利用した射角調整はほんの数度しか仰角を動かせないから、発射薬の量でも調節を行わなければならない。


 後は、滑腔砲から放たれる砲弾がうまく敵に命中してくれるまで撃ち続けるだけだ。


 幸いなのは、この時代の大砲というのは一度射撃位置につけたら容易にはそこから動かせない、ということだった。

 鋼鉄の塊である砲身を持つ大砲は必然的に重く、大きく、あっちからこっちへ簡単に移動させることはまずできない。


 エドゥアルドはこの問題を解消するため、50ミリという小口径の大砲を軽量化した砲架に乗せ、通常よりも駄馬を増やした騎馬砲兵や、短砲身で軽量なため辛うじて人力でも移動させることが可能な山砲を配備している。


 しかし、連合軍が使用している火砲の多くにはまだこうした工夫はされておらず、昔ながらの重く動かしにくい大砲がそのほとんどを占めていて、ヴェストヘルゼン公国軍が比較的動かしやすい山砲をいくらか装備しているだけに過ぎなかった。


 このために、狙いさえ正しければいつかは命中させることができる。

 敵の火砲は少しずつ削られて行き、連合軍の砲兵火力は着実に弱体化していった。


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