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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第21章:「挙兵」

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第487話:「作戦会議」

第487話:「作戦会議」


 エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンに率いられた公正軍、ヴェーゼンシュタットに進駐した5000名を除いた総力11万5千。

 対するのは、ベネディクト・フォン・ヴェストヘルゼンの皇帝軍と、フランツ・フォン・ズィンゲンガルテンの正当軍が合同した連合軍、15万。


 連合軍は南に向かった公正軍を捕捉・撃滅するべく防御陣を出撃し自身も南へと向かい、エドゥアルドたちはこれを迎撃するためにUターンし、北へと向かった。


 やがて両軍は、10キロメートルほどの距離を置いて布陣することとなった。

 双方とも相手側から奇襲攻撃を受けることを警戒し、一定の距離を取って対峙したのだ。


 どちらの軍も、ここで長く対陣するつもりなどなかった。

 ノルトハーフェン公国からの補給線を寸断されている公正軍の補給物資は現地でなんとか購入できた分も含めてあと2週間程度で枯渇してしまうし、ヴェーゼンシュタットからの補給線を失った連合軍も物資は乏しく、長くとどまっていることはできないからだ。


 もっとも、たとえ補給の問題がなくとも、両軍ともに短期決戦に持ち込むつもりだった。

 エドゥアルドは、この帝国の内乱を早期に終息させるために。

 ベネディクトとフランツは、優越する兵力で公正軍を粉砕し、そして、どちらが皇帝になるのかを決めるための戦いを再開するために。


 ここで、この場所で、決着をつけるつもりでいる。


 だから両軍ともに、布陣した場所に本格的な防御陣地の構築は行わなかった。

 敵の奇襲に対応できるよう、最低限の防御態勢はとっていたが、それは先に連合軍が築いた防御陣地のような本格的なものではまったくなかった。


 決戦はもう、明日にでも起こるのに違いなかった。

 別に事前に話し合ってそう決めたわけではなかったが、両軍ともに明日は早朝から前進を開始し、左右に展開して、正面からぶつかり合うことになるだろう。


 簡易的な野営地を構築し、休息する兵士たちだったが、みな緊張した面持ちだった。

 明日になれば、命はないかもしれないのだ。


 そして、一部の兵士たちにとってはもう、戦いは始まっていた。

 敵軍の奇襲攻撃を防止するために野営地よりも前に前進し、警戒網を敷いている兵士たちもいるのだ。

 この任務を割り当てられたのは主に軽騎兵と軽歩兵たちで、彼らは交代で休息を取りつつその職務を遂行することとなる。


 エドゥアルドも、この日は夜遅くまで起きていた。

 というのは、各諸侯、主要な将校たちを集めての、最後の作戦会議を行っていたからだ。


 会議の進行自体は、ノルトハーフェン公国軍の参謀総長であるアントンが主導して行ってくれたから、少年公爵自体の仕事はそれほど多くはなかった。

 ただ、その少ない仕事はどれも重要なものだった。

 なぜならこの軍の最高司令官である彼は、作戦会議の場で出された意見を総合して、実際にどのような作戦で敵軍と決戦に及ぶのかを決めなければならなかったからだ。


 作戦は概ねアントンと参謀将校たちが事前に立案したものに沿って決定され、ほとんど決まっていたことを追認する形になっていたが、時には異論が出されることもあった。

 そういった意見を取り入れるか、取り入れないか。

 それを決めるのは、なかなか骨の折れる仕事なのだ。


 というのは、単純に合理性だけでは決められないからだ。


 もし、頭ごなしに相手の意見を突っぱねれば、そうすることがいくら合理的で正しいことであったとしても、遺恨を作ることにつながりかねない。

 そしてそういった感情面での対立が、作戦を実施する上での障害となり得ることは多々あるのだ。


 たとえば自身の意見を否定されたことに対する悪感情からエドゥアルドの命令に従わなかったり、従っても消極的にしか行動しなかったり。

 あるいは、自身の意見こそが正しかったのだと証明するために、抜け駆けをすることにつながるとも考えられる。


 エドゥアルドは基本的にアントンと参謀将校たちが練り上げた作戦を採用していったが、場合によっては異論を受け入れ、微修正を加えさせることもあった。

 表面的には意見を取り入れ、実質的には元々の作戦を変えない。

 そういう風に、細心の注意を払いながら角が立たないように処置することもあった。


 それは、正直に言って嫌な作業だった。

 まだ年若く純粋な感性を持ち、質実剛健をよしとする少年公爵にとっては、政治的、人間関係的な配慮は回りくどく不合理なものと思われたからだ。


 たとえば、中には作戦の本旨を理解せず、言わずもがなな指摘をして来る、言ってみれば[無能]な者もいたし、決戦を前に自分が目立とうとなんでもいいから発言しようとする目立ちたがり屋もいた。

誰がもっとも手柄を立てやすい位置につくかという、利己的な理由でもめることさえあった。


(どうして、この程度のことがわからないのか。

 なぜ、そんなことで争うのか)


 エドゥアルドはいらつき、自身の信じる合理性だけですべて判断してしまいたいと思ったが、ぐっとこらえ、丁寧に、慎重に、同志として公正軍で共に戦う者たちの関係を損なわないように調整をし続けた。


 公正軍が持つ最大の勝算とは、敵軍に対し、こちらの団結力がはっきりと抜きんでている、ということにある。

 だからこそ補給が断絶するという危険極まりない状況に自ら飛び込んでも、決戦では全軍が一丸となって戦い、敵軍に勝利できると信じることができるのだ。


 この、決戦前夜という大切な時に、その最大の強みである団結力を、連帯感を損なうことはできなかった。


 その点、アントンはよく心得ていた。

 彼は帝国軍大将として皇帝に代わって帝国軍の全軍を指導した経験を持つ将帥であり、今、エドゥアルドが苦心している対立意見の調停ということの大変さ、重要さをよく理解していたのだ。


 だから作戦変更を強いられることとなっても文句ひとつ言わなかったし、言葉巧みに、作戦の有効性や合理性を損なわないような形に修正していった。


 また、ブレーンであるヴィルヘルムも別の面から主を支えた。

 彼は明確な役職を持たないながらもエドゥアルドの助言役として作戦会議への参加が許されており、少年公爵が声を大きくして主張すると角が立つようなことを察し、代わりに発言する、ということをくり返した。


 もしもエドゥアルドがそれを言えば、誰かの反発心が彼に向いてしまう。

 だから代わりにヴィルヘルムが言うことで、主人にヘイトが向くのをかばい、同時に作戦の有効性が失われないように軌道修正をするのだ。


 そのためにいくらかの人々はヴィルヘルムに対して悪い感情を抱くこととなったが、しかし、少年公爵に対する連帯感は損なわれることがなく済んだ。


 こうして作戦会議は長く続いたがなんとか進行し続け、夜が更ける前にはすべてがまとまって、解散することができた。


※作者注

 本話ですが、関ヶ原の合戦前に石田三成が島津義弘の作戦を不採用としたことが、決戦当日の不和につながった、という説があることから、合理性以外の人間の感情という部分に焦点を当てた内容としてみました。


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