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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第21章:「挙兵」

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第483話:「無血開城」

第483話:「無血開城」


 もしもヴェーゼンシュタットの民衆が、自らの主のために我が身を犠牲として捨て身の抵抗を見せたら、どうなるか。

 その時はエドゥアルドの公正軍は前後から敵に挟み撃ちされることとなり、窮地に陥ることになっただろう。


 しかし、人々は抵抗ではなく、降伏することを選んだ。


 それは、無血開城と言ってよい出来事だった。

 閉じられていた城門は開かれ、公正軍の進駐が平穏に受け入れられたのだ。


 これには、以前、ノルトハーフェン公爵がこの街のすべての人々を救うためにどれほど尽力したのかということを、人々が生々しく記憶していたという理由があった。

 彼らはかつて自分たちを救うために命をかけて戦ってくれた相手を窮地に陥れることをよしとはせず、また、少年公爵の言うことであれば間違いなく履行されるであろうと信じたから、開城に応じたのだ。


 城門が開かれるのには、実際には様々な駆け引きもあった。

 フランツの息子、公子ハインリヒ・フォン・ズィンゲンガルテンを始め、若年や老齢を理由に出征しなかった貴族階級の者たちの一部は徹底抗戦を主張しており、開城に賛成する人々は彼らを説得しなければならなかったからだ。


 抗戦派はハインリヒを筆頭として檄を飛ばし、武器庫に残されていた数少ない兵器、その多くは旧式であったり使い古されたりしているオンボロに過ぎなかったがそれを引っ張り出して来て、街の行政職員や警官らなどに渡して臨時の防衛隊を組織し、城門を閉鎖し、市街地の要所にバリケードを築かせようとした。


 そんな彼らのことを、モーントを始めとして、多くの町の有力者、そして市の行政長官などが必死に説得した。

 時間は稼げるのに違いなかったが、交戦したところで公正軍を防ぎきれる見込みはまったくなく、街は破壊され大勢の民衆が巻き添えになるだけだと、そう分かりきっていたからだ。


 最初、ハインリヒは頑として譲らなかった。

 貴族に生まれた者として戦いもせずに降伏するのは恥であるし、子として、大望を果たそうとする父のために戦わなければならないというのが、彼の主張するところであった。


 しかし、フランツからもたらされた指示が、抗戦派の意志を砕いた。


 民衆を城壁の上に並べ、盾とせよ。

 その命令を聞いた時、抗戦派の誰もが、ハインリヒでさえもが、これはもはや正気の沙汰ではないと、フランツが狂気に陥っているのだと気づいたからだ。


 戦うと主張していた抗戦派も、すべての民衆を巻き添えにするつもりはなかった。

 武器を持たせるのは元々公爵家に関与する公的な立場にいた者たちか市民からの志願者たちであったし、それ以外の民衆については、手持ちの人員がまったく不足しているために支援などはできなかったが、城内から避難するのを止めようなどとは考えてはいなかった。


 無辜の民衆をいわゆる「人間の盾」に使う。

 そんなことをすれば、それは名誉を損なうと知っていたからだ。


 だが、フランツは抗戦派が考えていなかったことを、まったく手段を選ばずに命じてきた。


 ハインリヒは幼いころからフランツの薫陶を受け、公爵家の跡継ぎとして英才教育を施されてきた人物だったが、まだ若く、エドゥアルドのように純粋な理想も抱いていた。

 そしてその理想の中には、無辜の民衆を犠牲にしようなどというものはなかった。


 彼らはすべて、公爵家の臣民。

 公爵家は人々が豊かで平穏に暮らせるように導くことが使命であり、民衆はその統治によって安心して暮らすことのできる見返りに、税や労役などの負担に応える。

 そういう感覚をハインリヒは有していた。


 だから、フランツからの命令の異常さを理解することができた。

 そしてこの戦いがもはや人々のためのものではなく、一個人の望みを叶えるためだけに多くの犠牲を強いるものに変わってしまうことにも気づくことができた。


 こうしてハインリヒは、人々の財産や身の安全、そして自分自身の生命や立場についての保証さえされるのならば開城に応じると、モーントらの説得に応じることを決心した。


 それでも抗戦派の中にはなおも籠城を主張する者もいた。

 しかし、彼らにとっての[神輿]であるハインリヒが開城に応じると決めてしまったのだから、賛同する者はもうほとんどいなくなっていたし、人々を強制的に戦わせる権利など持ってはいなかった。


 こうしてヴェーゼンシュタットは無血開城され、約束通り、エドゥアルドは5000名の兵力に限って進駐させた。


 ヴェーゼンシュタットの市街を占領するための部隊は、ノルトハーフェン公国軍を中心に、公正軍に参加している諸侯から兵を集める形で編制された。

 というのは、この占領という行動がエドゥアルドの単独によるものではなく、公正軍全体によるものなのだということを示すための、政治的な配慮がなされたからだ。


 この部隊を城内へと送り込む前、少年公爵は彼らを集めた前で、開城交渉に当たってモーントと約束し、書面にて保証した内容を自ら説明し、その内容を順守するように命じた。


「諸君、今命じたように、ヴェーゼンシュタットの民衆に対する暴虐の類は、一切、許容することはない!


 もしこの明言にもかかわらず暴虐を働く場合は、その身柄を拘束し、ヴェーゼンシュタットの当局に委ねられることとなっている。

 つまり、公正軍の一員だからといって、なんら優遇されることはないということだ!


 僕はモーント殿と約束し、ハインリヒ殿に誓約した内容をたがえるつもりはない。

 もう一度くり返す!

 兵士諸君、民衆に対する略奪、暴行は、一切を禁止する! 」


 少年公爵ははっきりとそう命じ、その視線に見送られて、5000名の兵士たちは城門をくぐっていった。


 ほとんどの兵士たちは、忠実にエドゥアルドの命令を守った。

 彼らはこの戦いに意義があると信じ、[正義の軍]としての立ち居振る舞いを見せることを心掛けていたからだ。


 わずかな者は、厳命にも関わらず違反し、罪を犯した。

 それは公正軍に参加した諸侯が率いてきた金で雇われただけの兵士や、貴族階級に連なる下級将校だった。

 前者は金のために、後者は自らの特権意識のために、略奪と暴行を働いた。


 これに対するエドゥアルドの措置は躊躇がなく、徹底していた。

 容疑者を即座に逮捕し、その罪状が明らかであることを確認すると、約束通りヴェ―ゼンシュタットの当局へと引き渡し、「煮るなり焼くなり、好きに罰せよ」と申し送ったのだ。


 結果、罪を犯した者たちは、その罪状に比してかなり重い刑罰を受けさせられることとなった。

 彼らは少年公爵に対し罰が過剰であると救いを求め、彼らを率いていた諸侯からも適切な量刑にしてくれるように歎願があったが、エドゥアルドはそれが開城に当たって正式に取り決めたことであり、自分は間違いなく、はっきりと理解できるように厳命したのだと言って、まったく取り合わなかった。


「民衆の手に委ねさせず、裁判を受けられるだけで温情だと思うべきだ」


 彼はただ、そう冷たく言い放すだけだった。


 この措置に対し、ヴェーゼンシュタットの民衆は安堵し、そして、少年公爵のことをより一層強く信頼するようになった。

 また、兵士たちは命令を順守しなければならないということを再確認し、それ以降、進駐した将兵の中から違反する者は1人も出てこなかった。


 こうして公正軍による占領は、平穏に完了した。


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