第478話:「ヴェーゼンシュタットからの使者」
第478話:「ヴェーゼンシュタットからの使者」
エドゥアルドはヴィルヘルムの[勝てる根拠のある賭け]に乗り、自身が率いる公正軍12万の総力を率いて南進した。
その目標は、ズィンゲンガルテン公国の首都、ヴェーゼンシュタット。
防御陣を築き固く守っている敵軍にこちらの弱点をさらけ出すことで誘い出し、決戦を生起させて、この内乱に一気に決着をつけるという狙いだった。
敵は間違いなく、この誘いに乗って来るだろう。
補給線を敵軍にさらして進むなど軍事的な常識で言えばあり得ないことであり、多少軍事のことが分かる人間であれば、エドゥアルドが血迷ったと思うはずだからだ。
そしてベネディクトもフランツも、その程度のことが分からないような人間ではない。
彼らはこちらが見せた隙に気づき、たとえそれが罠であるのだとしても容易に打ち破ることができるだろうと、喜び勇んで叩きに来るだろう。
それを、迎え撃つ。
互いの全力をぶつけ合う、出し惜しみの一切ない決戦で勝利し、この内乱を一撃で収束させる。
今の公正軍の結束力の強さ、そのトップであるエドゥアルドと、参加しているすべての諸侯、将兵たちとの間に存在する連帯感があれば、十分に勝算はある。
しかし、危惧すべき危険もあった。
それは、ヴェーゼンシュタットの民衆が武器を手に立ち上がり、抵抗してくる、ということだった。
直接的な軍事力としては、さして脅威にはならない。
にわかに武装したところでしょせんはまともに戦い方を知らない素人であり、蹴散らすことは容易であるからだ。
だがそんなことになってしまったら、せっかくの公正軍の強みが失われることになってしまう。
武器を手に取ったところで、相手は民衆。
それを圧倒的な武力にものを言わせてねじ伏せてしまっては、ベネディクトの皇帝軍とフランツの正当軍が結託して行った民衆への略奪行為をもう、批判することなどできなくなる。
その時、公正軍にとって何よりの強み、財産である、連帯感、一体感は失われてしまうだろう。
しょせんエドゥアルドも、悪辣な両公爵と同じ。
彼の両手は民衆の血に染まり、その理想も口先だけのものに違いないと、そう幻滅されてしまうからだ。
だから、ヴェーゼンシュタットの民衆が公正軍の進駐に対して遮二無二抵抗を示して来たら、困ったことになる。
すぐに治められなければ、背後から敵軍が迫って来るからだ。
前面に敵軍15万、後背に反抗する人々、という構図になってしまった場合、勝算は限りなく低くなってしまう。
しかし、そのために強硬手段は取れない。
こちらはあくまでも穏便な手段によって人々の反抗を治めなければならないのだ。
そしてそれは、一般的に困難で、時間のかかることだった。
(大丈夫なはずだ……。ヴェーゼンシュタットの人々は、去年のことを覚えていてくれるだろう)
南へと向かう道中、エドゥアルドはそう期待し、ヴェーゼンシュタットが無抵抗でこちらの占領を受け入れてくれることを願っていた。
昨年、サーベト帝国による侵略を受けていた時、少年公爵は数ある諸侯の中の少数派で、積極的にヴェーゼンシュタットを救援するために力をつくした。
そのことを人々はまだ生々しく覚えてくれているはずで、だとすれば、公正軍のかかげる大義を受け入れ、大人しく開城してくれる可能性はある。
そしてそうなれば、後顧の憂いなく、敵との雌雄を決する戦いに臨むことができるのだ。
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ヴェーゼンシュタットに残っている人々を代表して、使者がやって来る。
エドゥアルドにその知らせがもたらされたのは、公正軍が城外に到達してから数時間後のことだった。
「会おう。
すぐにこちらにお通ししてくれ」
とにかく本営とするための天幕だけは設営が終わり、その中に簡易的なテーブルとイスを広げただけ、という状態ではあったが、少年公爵はすぐに使者と会うことを決めた。
こちらの求めに応じて開城するか、それとも、市民兵を動員して抵抗を試みて来るか。
どちらを選ぶのか、そのことを伝えに来る使者に違いないからだ。
実を言うと、ヴェーゼンシュタットに対し開城を求めるこちらからの使者は、数日前にすでに送ってある。
回答の期限は3日後、公正軍が城外に到達する時までと伝えてあった。
このタイミングで相手からの使者がやって来たのは、このためだろう。
約束した回答期限を守ったのだ。
(さて、いったい、誰が使者にやって来るのだろうか……)
エドゥアルドは使者への応対に同席して欲しいからヴィルヘルムを呼んできてくれと、天幕の中に主の身の回りの荷物を運びこんで使いやすいように配置する仕事をこなしていたルーシェに頼み、自身はイスに深く腰かけ、目の前のテーブルに両肘をついて手を顔の前で組み合わせ、考え込む。
こちらから開城を迫る使者を立てた時、ひと悶着あったという報告を受けている。
というのは、ヴェーゼンシュタットには現在、明確な[責任者]というものがいないからだった。
ズィンゲンガルテン公国の首府であるこの都市は当然、フランツの統治下にあるし、トップは彼だ。
しかしその主は現在、城にはいない。
では、誰に開城を決める権限があるのか。
ヴェーゼンシュタットの行政組織の長官か、それとも、出征せずに残留しているフランツの嫡子、ハインリヒ・フォン・ズィンゲンガルテンか。
あるいは、平民の有力者の誰かであるのか。
開城せよと求める相手を誰にするかで、使者は相当に迷い、難儀したらしい。
結局、使者は公子ハインリヒの下を訪れ、戸惑う彼に用件だけを伝えて返って来た。
やがてルーシェがヴィルヘルムを連れて来たすぐ後のタイミングで、ヴェーゼンシュタットを代表する使者が到着した。
少年公爵はてっきり、ズィンゲンガルテン公爵家の執事とか、あるいはハインリヒ自身がやって来るものだと考えていた。
しかし、その予想は外れていた。
やって来たのは、フォルカー・フォン・モーント準伯爵。
主君、フランツの不興を買い、自身が率いていた部隊の指揮権を剥奪され、ヴェーゼンシュタットの屋敷に謹慎処分を受けていたはずの人物だった。




