第477話:「説明するということ」
第477話:「説明するということ」
ベネディクトの皇帝軍と、フランツの正当軍。
にわかに野合し、防御陣地を築いて守りを固めている敵軍。
それと、エドゥアルドが率いている公正軍。
この両者の間に存在している、決定的な差。
それは、自身が戦わねばならない理由を信じることができているか、いないかというものだった。
皇帝軍の将兵も、正当軍の将兵も、すでに、自分たちがなんのために戦っているのか、その意義を見失っている。
異なる大義をかかげて軍を興したはずであったのに、その方が都合がよいからと、戦い合う敵であった者と手を組むという御都合主義的な両公爵の姿勢に人々は幻滅していた。
公正軍は、それとは違う。
そこに参加した諸侯も、将兵も、エドゥアルドが掲げる大義を信じ、彼ならば理想を実現できるかもしれないと、そう期待している。
それは、求心力の差と言い換えてもいい。
ベネディクトもフランツもそれを失っている。
だから、たとえ一時的に補給が断絶するという危険極まりない作戦を取ったとしても、十分に勝利を見込むことができる。
敵は、こちらが致命的なミスを犯したと判断し、勝利を確信して襲いかかってくるのに違いない。
しかし彼らの兵は最低の状態にあり、それに対し、こちらの兵は最高の状態にある。
そんな兵がぶつかり合うのだから、こちらに不利があろうと、勝利することができる。
それは、ヴィルヘルムの主張する賭けだった。
ただし、そうなると信じるに足る根拠を持った、成算の見込みのある賭けだ。
エドゥアルドはその賭けに乗った。
敵に補給線を脅かされる危険を承知で、全軍でヴェーゼンシュタットを目指すのだ。
だが、出発する前に一つ、下準備を整えておく必要があった。
なぜ全軍で南へと向かうのか。
この作戦に、本当に勝機はあるのか。
少年公爵は自身の決定について、盟友であるユリウス、そして傘下にある諸侯に対して説明をしておかなければならなかった。
多くの場合、こういった重要な作戦や、その意図というのは、厳重に秘匿されるものだった。
自軍の陣営の中に敵軍と通じている者がいるという可能性は常に存在していたし、いつの間にか間者が紛れ込んでいることなどもあり得る。
だから決定的な時が来るまで秘密を保ち、どんな批判を受けようとも、頑なに作戦について説明しないということの方が、安全であり、確実であった。
しかしエドゥアルドは、そういった常識とは今回、逆のことを行った。
自分がなぜこのような決定に至り、なにを意図しているのか。
彼はなに一つ隠すことなく公にした。
情報漏洩のリスクを冒してまで、なぜ説明するのか。
もちろん、狙いがある。
まず、味方についてくれている者たちにも相応の覚悟を固めさせる目的がある。
彼らが少年公爵のかかげる大義に賛同し、信頼していることは疑う必要もないことではあったが、だからと言って、常識的に考えれば危険極まりない、補給線を危険にさらしての進撃という選択をすれば多少なりとも動揺が起こる。
それを未然に抑えるためには、自身の決定に従って行動するすべての人々に対し、勝算があることを十分に説明しておかなければならない。
そしてこれは同時に、こちらを信頼してくれている人々に対し、エドゥアルド自身も彼らのことを信頼しているのだと、そう明確に示すためのことでもあった。
一般的には、情報、特に戦局を左右するかもしれない重要なものは、限られた者にだけアクセスする権限を絞り、秘密を厳重に保とうとすることはすでに述べた。
その重大であるはずの情報を、なに一つ隠すことなく伝えられたら、どうなるか。
それを聞いた人々は常識に反したこの行いに驚くだろう。
そして、中には示された信頼に感激する者もあらわれてくるかもしれない。
この情報を伝えたとしても、彼らから漏れることはない。
エドゥアルドからそのように信頼されているのだと知った人々は、これまでよりさらに強い連帯感を抱くだろう。
自分はただ指図されるだけの[手駒]ではない。
共に同じ目的のために戦う、[同志]であるのだ。
作戦について詳細に説明することによって、人々にそう実感させることができる。
そしてそれは、より確実な勝利へと結びついてくるはずだった。
公正軍はその結束をさらに強め、補給線を脅かされながらもひるむことなく、勝利のために果敢に戦ってくれるのに違いなかった。
また、実を言えばこの[なぜ危険を冒して南へ向かうのか]という理由、狙いについては、敵方に漏れたとしてもさほど困らない事柄でもあった。
なぜなら、作戦の狙いは敵軍をその防御陣地から誘い出すことであったが、そんなことはすでにベネディクトもフランツも重々承知していることだったからだ。
そもそも最初に公正軍がアルトクローネ公国で進路を南に変えた時、皇帝軍も正当軍も動かなかったのだから、彼らはこちらが誘いをかけていると気づいている。
だから少年公爵が補給線を無防備にさらし、ヴェーゼンシュタットへ向かうことが敵軍を防御陣地からおびき出すためなのだと知られたところで、なにも戦局には影響しない。
仮に敵軍がこちらの意図を警戒して出てこないというのならば、それでもかまわない。
ヴェーゼンシュタットを占領し、フランツの本拠地を奪って正当軍に対する補給を断てば敵の戦力は大幅に弱体化するのに違いなく、そこからあらためて敵を攻撃すれば、少なくとも今よりは楽に敵軍と戦うことができる。
ただこの場合、敵が築いた防御陣地を攻略しなければならず、相応の損害が出ることを覚悟しなければならなかった。
だが、エドゥアルドはそうなる心配をしてはいなかった。
補給線を危険にさらして全軍で南に進むというのは敵にとっては願ってもないような[好機]と見えるはずで、その巨大な誘惑に逆らうことなどできないはずだからだ。
少年公爵の心配は、それとは別のところにあった。
それは、まともな兵力など一兵たりとも残っていないはずのヴェーゼンシュタットだったが、そこに暮らす民衆が公正軍の占領を拒み、抵抗してきた場合にはどうなるか、ということだった。




