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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第455話:「支持」

第455話:「支持」


 エドゥアルドは言葉に窮していた。


 自分が皇帝になるしか、現在直面している危機から帝国を救う方法はない。

 そして自分には、そうするべき大義があり、責任がある。


 ヴィルヘルムのその指摘を否定したかった。

 自分はまだノルトハーフェン公爵としても一人前ではなく、その職務を完璧に遂行できているとは言い難いのが実情なのに、タウゼント帝国という数千万の民衆を抱えた、このヘルデン大陸の大国の舵取りなど、できるはずがないと。


「……ゆ、ユリウス殿」


 この時、この瞬間、エドゥアルドはその生涯でもっとも不甲斐ない有様を見せた。

 少年公爵は動揺し、恐れ、救いを求めるように、自身の盟友であり、義兄弟でもあるオストヴィーゼ公爵へと助けを求めたのだ。


 ユリウスはちらり、と視線を返したが、すぐにはなにも言葉を発しなかった。

 憮然とした表情でじっと黙り込み、沈黙している。


 だが、彼はエドゥアルドよりも立派だった。

 彼はこの場にいる自身の父親、経験豊富で、梟雄と渾名されるほどの狡猾さを持つ前オストヴィーゼ公爵・クラウスを頼ることなく、自らの意志だけで決断を下したからだ。


「エドゥアルド殿。

 わたくしは、我がオストヴィーゼ公国は、貴殿を支持し、支援しようと考えます」


 その言葉に、その場に集まっていた人々の間でわずかにざわめきが起こる。


 ユリウスが口にした、支持し、支援するという言葉。

 それはエドゥアルドがタウゼント帝国の皇帝になることを認めるだけではなく、それを全面的にバックアップし、助けるという意思表示に他ならなかったからだ。


 ユリウスの返答を耳にした少年公爵は呆然とし、それから途方に暮れた顔をする。

 クラウスはというと、少し驚いた顔を見せた後、━━━息子の成長を喜ぶような、感心するような、そんな満足げな表情を見せ、沈黙を守った。


 この発言を意外に思う者は多かった。

 なぜなら、ユリウスもまた被選帝侯の1人であり、帝国の国法に従えば皇帝になる資格を有しているだけではなく、年齢も数年だがエドゥアルドよりも上であったからだ。


 我こそが皇帝にふさわしい。

 そう主張してもなにもおかしなところはないはずなのに、こうもあっさりと、自分は脇役に甘んじると宣言してしまうとは。


「理由は、いくつかあります」


 エドゥアルドの失望と、居並ぶ人々の疑問。

 そのことを知ってか知らずか、ユリウスはなぜ自分がこのように決めたのかの説明をする。


「第一に、カール11世陛下がご指名だったのが、わたくしではなくエドゥアルド殿であるということ。

 そして第二に、わたくしは、自身の器量は国を保つことにあり、新たに興す才能には乏しいと知っているからです」


 ユリウスの言葉に、ざわめきが納まり、皆が意識を傾ける。

 その中でエドゥアルドだけが、半ば呆然とし、曖昧に、言葉の断片だけを聞いている。


「我がタウゼント帝国は、一千年もの歴史を誇る大国です。

 しかしながら、生まれ変わらなければならない時が訪れようとしています。


 これまで、国力とはその土地固有の資源の多寡によって定まるものでした。

 産物の豊かな土地には人も集まり、それだけ国力も富み、国も強くなったのです。

 ですが、産業技術の進展によって、この法則はもはや適用できません。

 より多くの製品を、より素早く大量に、高品質に生産するための仕組み。

 それを身に着け、うまく機能するように整えることのできる国家こそが、強国となるようになったのです。


 この点において、わたくしは、エドゥアルド殿に大きく及びません。


 エドゥアルド殿は、わずかな治世の間に自らの領国の諸制度をあらため、自国の産業が効率的に稼働し、生産活動を継続できる体制を構築することに成功しました。

 わたくしも、遅ればせながらそれに見習ってはおりますが、それはあくまで、エドゥアルド殿のなさり方を学び、我が国にふさわしいよう、身の丈に合った形で適用しているだけに過ぎません。


 エドゥアルド殿には、これまでになかった新しい制度を作り上げる、創造する力があるのです。

 わたくしには、それが欠けている。


 タウゼント帝国を生まれ変わらせる、ということは、新たな国家を創造するのに必要とされるのとまったく同じ才覚を必要とするはずです。


 わたくしとしても、自分が皇帝になりたいという野心がないわけではありません。

 しかし、わたくしには新たな国家を創造するような力量はなく、その一方で、エドゥアルド殿はそれをお持ちなのです。


 ですから、わたくしはエドゥアルド殿を支持し、共に、新たな時代を切り開きたいと願うのです」


 それは、ユリウスの謙遜とは思えなかった。

 彼は本心から自分ではなくエドゥアルドこそが新たな時代の皇帝にふさわしいと、そう信じているとしか思えなかった。


「我がオストヴィーゼ公国の総力と、ノルトハーフェン公国の総力を合わせれば、その兵力はおよそ8万にも達しましょう。

 これに近隣の諸侯を加えれば、その勢力は十分に、皇帝軍、正当軍に打ち勝てるものとなるはずです。


 シュテルケ伯爵の悲劇は、痛ましいものです。

 ですが、この事実によって諸侯の心はベネディクト殿やフランツ殿から離れることでしょう。

 これを利用し、諸侯を切り崩していけば、我々が最大勢力となり、他を圧倒することも不可能ではないはずです。


 これこそ、まさに[機]であると言えるはずです。

 わたくしには、神が、エドゥアルド殿を皇帝にせよと、そう命じていると思えてならないのです」


 それはもはや、演説とでも言うべきものだった。

 その場にいる全員がユリウスの言葉に聞き入り、その主張に耳を傾け、一言一句も聞き逃さないよう意識を集中している。


 エドゥアルドは違っていた。

 彼は愕然としていた。


 自分が、皇帝に、

 数千万もの人々の命運を背負わなければならない。


 その、責任の大きさ。

 それを前にすると、眩暈を覚えるほどの恐怖を感じるのだ。


(僕に……、僕に、できるのか?

 皇帝、が……)


 エドゥアルドはひたすらそう自問し、答えを得られずに、戸惑っていた。


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