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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第454話:「大義:2」

第454話:「大義:2」


「公爵殿下」


 苦悩していたエドゥアルドに、そう声をかけたのはヴィルヘルムだった。


「ヴィルヘルム……」


 目を開き、自身の忠良な臣下へと視線を向けた少年公爵は驚き、呟くように彼の名を呼んだ。


 彼は、今、その真意を隠すために常に身に着けていた柔和な笑顔という仮面を取り去っていた。

 そこにあるのは、真剣な、一切の雑念の取り払われた澄みきった表情だけ。


 これまでずっと、ヴィルヘルムは己の顔面に仮面を作り出し、その本心を隠して来たのだ。

 そうすることができたのだから、これも演技かもしれない。

 ちらりとそんな疑念が浮かびはしたが、しかしそれをすぐに振り払えてしまえるほどに、その姿には真実味があった。


「ベネディクト公爵とフランツ公爵は、自らの行いによって、その大義を失いました」


 ヴィルヘルムはエドゥアルドへと視線をまっすぐに向けたままはっきりと、その事実を口にする。


「両公爵は、それぞれが別の大義をかかげておられました。

 それ故に相容れることなく、内乱という事態に至ってしまったのです。


 しかしながら、ご両名は、自分にとってその方が好都合だからと、一時とはいえ結託いたしました。

 この行為によって、その大義が、建前にしか過ぎなかったことが明らかとなりました。


 少なくとも当人たち以外の誰もが、そのように受け取りましょう」


 ベネディクトもフランツも、決して、自身の大義を信じていないわけではないはずだった。

 だが、彼らは互いに決め手を欠き、行き詰ってしまっていた。


 そのために打つ手を誤った。

 相反する大義をかかげているはずの相手と手を結び、邪魔者を討つという行為に手を染めてしまったのだ。


 これは、両公爵がかかげている大義を貶める行為だった。


 2人がどう考えているかどうかは、関係がなかった。

 外からその行いを見聞きした者たちはみな、「ああ、彼らがかかげていた大義というのは、その時々の都合によって容易に捻じ曲げられるもの、信念よりも便宜の方が優先される、その程度のものに過ぎないのだな」と受けとるのだ。


 これによって、ベネディクトもフランツも、それぞれの陣営を作り戦うための根拠を失った。

 それだけではなく、公爵としてこれまで保有していた信用までをも失ったのだ。


 彼らはこれからもその信じる大義を振りかざすのに違いない。

 しかし、その大義を、もはや誰も信じることはない。


 それはその時々の都合によって容易に捻じ曲げられてしまう軽薄なものだということを、実例として見せつけてしまったからだ。


 おそらくそのことを、当の2人は気づいてさえいないだろう。

 彼らは常に自分という視点から物事を見ているが、周囲から自分がどう見えているのかということについて配慮を欠いてしまうところがある。


「これに対し、公爵殿下には明確な大義がおありになります。


 カール11世陛下より賜りし、手紙。

 そこには、殿下こそが皇帝となり、タウゼント帝国を刷新し、次の一千年の歴史を築く礎となれと書かれてございました。


 現状において、これほどに強烈で、鮮明な大義は存在いたしません」


「し、しかし、ヴィルヘルム」


 エドゥアルドは慌てて、自身のブレーンの発言をさえぎった。

 ここで最後まで言わせてしまうと、もう、後戻りのできない状況に追い込まれてしまうのではないかという予感があったからだ。


「陛下は、10年後を考えておられたのだ。


 まだ、僕は未熟だ。

 自分の行ってきたことに多少はうぬぼれないでもなかったが、ここ最近の出来事ですっかりそのことを思い知らされてしまった。


 今の僕には、とても帝国のことなど治められない。

 手に余ることだ」


「それは、殿下が、ご自身の義務と責任から目をそらすということに他なりません」


 ヴィルヘルムは容赦がなかった。

 なんとか逃げ道を残そうとするエドゥアルドを、彼は素早く制し、追い詰める。


「確かに陛下は10年後を考えておられました。

 わたくしとしても、それがもっとも無難で、確実なやり方であろうと思います。


 ですが、公爵殿下。

 今のこの国に、10年後があるでしょうか? 」


「それは……」


 タウゼント帝国には、一千年の歴史があるのだ。

 だから、10年先であろうと、これまでと変わらずに存在しているのに違いない。


 ベネディクトやフランツであったら、そんな風に答えたのかもしれなかった。

 しかしエドゥアルドにはそれができなかった。


 少年公爵が必死にノルトハーフェン公国で改革を続けて来た理由。

 それは、今までと同じやり方では新しい時代にはついて行くことができないと、そう真剣に危惧していたからだ。


 そしてそれは帝国であろうと変わらないというのが、常日頃の彼の思いだった。

 自身の行動指針、原動力となっているその危機感を否定することはエドゥアルドには絶対にできないことだったし、常にその側近くで働いて来たヴィルヘルムは、そのことをよく知っている。


「このままなにもしなければ、内乱によって国は傾き、そこへ、アルエット共和国が襲ってくることでしょう。

 そのような事態になってしまえば、もはや、どうすることもできません。


 殿下がご決心なさるべき時は、今を置いて他にはないのです。

 殿下には、立つべき大義があり、殿下にしか果たすことのできない責任がおありになるのです」


 その言葉は一切の反論の余地を与えない鋭さと、わずかなほころびもない盤石さを合わせ持って響き渡った。


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