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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第453話:「大義:1」

第453話:「大義:1」


 ベネディクトとフランツ。

 それぞれが皇帝軍、正当軍を結成し、タウゼント帝国の皇帝位を巡って内乱を戦っているはずの2人。


 それが、その場の都合によって共謀して実行に移した、略奪。

 エッケハルト・フォン・シュテルケ伯爵の身に起こった悲劇。


 伝令からの報告を聞き終えたエドゥアルドは、自身の右手を左胸に当て、両目を閉じ、沈鬱な面持ちで短く犠牲者たちに対して黙とうを捧げた。


 彼と同じように祈った者は、多かった。

 主君がそうしているからという理由ではなく、ただ、そうしたかったから。


 ベネディクトとフランツの暴虐は、これまで度々目にしてきたことだった。

 それは皇帝位に対しての野心ゆえの行いだと、そういう風に理解されてきた。


 しかし、今回の出来事を考えると、どうにもそれ以外の要素があるように思える。

 それは、両公爵の傲慢さと、人々に対する思慮の無さだ。


 自分は公爵だから。

 生まれながらにして人々を統治する権利と義務を与えられた、高貴な血統だから。


 ゆえに、己の都合によって民衆の運命を思うままにもてあそんだとしても、当然のこと。

 自らが崇高と認め、自賛する大義のためであれば、どのような犠牲を生じさせたところでかまいはしない。


 彼らは、自分に与えられた力に酔っている。

 それ行使することは当たり前のことであり、その圧倒的な力と恐怖によって、周囲をねじ伏せれば良いと思っている。

 そうすることが[正義]だと見なしている。


 2人の行為には、そんな、奥底にある傲岸不遜ごうがんふそんが見え隠れする。


 思えば両公爵は、帝国がアルエット共和国へと侵攻した際にも略奪を行っていた。

 このために共和国の民衆に対し帝国への憎悪を強く抱かせ、平民によって作られた軍隊である共和国軍の将兵を奮起させ、その後のラパン・トルチェの会戦での大敗につながった。


 両公爵が行った略奪は補給が断絶し困窮した兵士たちを食わせるためのやむを得ない措置だったと、そうエドゥアルドは考えて来た。

だが、今回の行いを見ると、もしかするとそうではないのではないかと思えてきてしまう。


 それは、両公爵の根本的な考え方、平民は貴族のために犠牲になってもかまわない、自身の力にひれ伏せさせればよいという、短絡的で驕った思想にこそ原因があるように見えて来る。


 それでもその驕慢さが、国外の人々に向けられるだけなら、まだ許容することもできた。

 少なくとも彼らの統治下に置かれる人々については、相応に慈しまれ、善政が敷かれるはずだからだ。


 だが両公爵はその矛先を、将来の自身の臣民へと向けた。

 それが自分たちにとって都合が悪いからと、本来であれば互いに敵対しているはずの相手と手を組み、一方的にねじ伏せた。


 疑わざるを得ない。

 ベネディクトもフランツも、その建前としては良い国を作ると言ってはいるが、実際には、自分たちにとって都合が悪くなればどんな理不尽でも強いるのではないかと。


 両公爵がそれぞれの陣営、皇帝軍と正当軍を設立する際に主張した大義も、浅薄なものでしかなかったのではないかと思えてくる。


 見てくれはどちらの大義も立派なものだ。


 困難な時代を乗り越えるために。

 美しき伝統を守るために。


 だがそれは、自身の野心を叶えるために、より多くの味方を獲得するためにかかげた看板に過ぎず、その本心は別のところにあるのではないか。

 そうでなければ、双方にとって都合の悪い存在だからと言って、シュテルケ伯爵を攻め、その命を奪い、城を、街を破壊することなど、できはしないからだろう。

 これほど安易な妥協による共闘などできなかっただろう。


「報告、ご苦労だった。下がってよい」


 やがてエドゥアルドはそう言って、伝令に来た士官を帰してやった。


 妙に落ち着き払った、低い声だった。

 それは、ベネディクトとフランツに対する失望、怒り、そして犠牲者たちに対する悲しみを押し殺し、公爵として命じなければならないことを指示するための言葉だ。


(僕は……、どうすればいい? )


 エドゥアルドは、敬礼をして去っていく士官を、訪れる直前にこの司令部で明かされた驚愕するべき手紙の内容などまったく知らないはずの彼を見送りながら、机の上に両腕の肘をつき、顔の前で両手を組み合わせて、考え込む。


 自分が、皇帝になる。

 まだ、その決心はできなかった。


 ベネディクトにもフランツにも、皇帝など任せてはいられない。

 そう理解しながらも、まだ少年公爵には皇帝という地位は遠く、非現実的なものに感じられる。


 やりたい、という気持ちもある。

 旧態依然とした帝国を新しい在り様に作り替えるという仕事は間違いなくエドゥアルドの生涯をかけた、しかもやりがいに富んだ大事業になるのに違いなく、そうする機会を得られるのならそうしてみたいと思う心は、確かにここにある。


 しかし、失敗が恐ろしかった。


 ただでさえ、ノルトハーフェン公爵としての職責を重く感じているのだ。

 今でもエドゥアルドの手には数百万の民衆の命運が委ねられている。


 そしてその仕事をまだ、完璧にはこなせていないという自覚がある。

 内政や軍制改革に手ごたえを感じてはいるものの、帝国に内乱が起こることを事前に防ぐことができなかったことを考えれば、この帝国を一切の過ちなしに導いていける自信などどこからも生まれてこない。


 皇帝となったエドゥアルドがもしミスを犯せば、それは数千万もの人々の運命を左右してしまうのだ。


 今でさえ、精一杯なのに。

 そえほどに大きな責務を果たすことができるのか。


(どうすればいい……? どうすればいいんだ……!? )


 エドゥアルドは、結論を出せずにいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 失敗を恐れるのが自己の保身の為とかじゃなくて失敗した時の民への影響を考えてのことだとは、改めてこの少年公爵立派すぎる。
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