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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第450話:「野に放たれた火:1」

第450話:「野に放たれた火:1」


 皇帝になれ。

 カール11世が託した、大きな希望。


 しかしその意志を知ったところで、では皇帝を目指すべきだとの声はあがらなかった。

 ついほんの少し前に、「いっそお主が皇帝になればよい」などと言っていたはずのクラウスでさえ、手紙を読み終えた時の姿勢のまま、気難しそうな顔で考え込んでしまっている。


 あれはまったくの冗談といった言葉ではなかったが、軽口の一種に属するものであって、まさか本当に皇帝になるべきだとまでは考えていなかったのだ。

 もし本当になるのだとしても、カール11世が想定していた通り、それは、10年先のことだと思っていた。


 なにも言えずにいるのは、エドゥアルドも同じだった。

 皇帝という地位は、今の彼にはあまりにも大きすぎる。


 いつか、様々な経験を積んでその能力を磨き、その地位にふさわしいだけの力量を手にした時であれば、少年公爵はカール11世の手紙を受けて奮起し、このタウゼント帝国の至高の権威を手に入れようとしたかもしれない。

 しかし、今の自分には無理だとしか思えない。

 数百万の民衆の命運を預かっている現状でさえ責任を重く感じているのに、それが一気に10倍もの規模になるなど、途方に暮れるしかない。


「公爵殿下」


 その時、そう口を開いたのは、ヴィルヘルム・プロフェート、エドゥアルドのブレーンとして仕え、皇帝から託された手紙を開陳する時はこの時しかないと判断した人物だった。


「ヴィルヘルム……」


 エドゥアルドは緩慢な動きで、跪いた姿勢から顔だけをあげてこちらを見つめている、長身の優男の方へ視線を向ける。


 彼を見ることが、怖かった。

 彼はかつて、エドゥアルドが公爵としての実権を手にしておらず、それどころかいつ抹殺されてもおかしくないという時に起こった幽閉先のシュペルリング・ヴィラ襲撃事件の際に、「この襲撃を利用し、今すぐに手勢を率いて進軍せよ」と献策したことがある。

 少年公爵はその意見を容れ、そして、現在の地位を手に入れることに成功した。


 あの時と同じように。

 今こそタウゼント帝国の皇帝を目指せと、そう言われることが恐ろしかったのだ。


 しかし、ヴィルヘルムはなにも言わなかった。

 正確には、言えなかった。


 なぜなら、彼が口を開きかけた瞬間、「ご報告! 」と切羽詰まった口調で叫びながら、1人の伝令の士官が扉を蹴り破る勢いで飛びこんで来たからだ。


「いったい、何事か!? 」


 その士官のことを、アントンが鋭く制止する。

 いかに緊急の報告であろうと、エドゥアルドの許可なしにこの司令部の中に入ってくることは許されざるべきことであったからだ。

 それに、動転している様子の士官の頭を少し冷やさせる必要もあった。


「はっ、は! も、申し訳ございません」


 士官はアントンの言葉で自分が慌て過ぎていたことに気がついたらしい。

 その場で姿勢を正して敬礼しながら配慮の無さをわびると、アントンは物静かにうなずいてみせ、それから、視線で「殿下たちにご報告せよ」とうながした。


 一呼吸するほどのわずかな時間。

 それを得られたことは、エドゥアルドにとって幸運なことだった。

 自分自身も深呼吸をし、気持ちを落ち着け、公爵としての態度を取り戻すことができたからだ。


「いったい、なにが起こったというのだ? 」


「はっ! それが……」


 エドゥアルドに問われた伝令の士官だったが、彼は言いにくそうに口ごもる。


 不吉な予感がした。

 こんな態度を見せるということは、報告しづらいことであるのに違いなく、先ほどの動転した様子といい、よほどの凶事が起こったのかと、その場にいた人々の不安がかき立てられる。


 みなの視線が集中し、士官は冷や汗を浮かべた。

 しかし彼は意を決すると、ようやく口を開く。


「皇帝軍、正当軍、双方の兵士たちによって略奪が行われ、多数が犠牲になったと、報告が……」


「略奪、だと!? 同じ国の民衆にか!? 」


 その報告にエドゥアルドは驚き、思わず大きな声を出してしまっていた。


 戦争には、古代から略奪はつきもののことだった。


 陸上における輸送手段が馬車や家畜による荷役がメインで、悪ければ人が背負って行かねばならず、しかも必ずしも道が整備されているわけではないという、未発達なものなのだ。

 そんな状態では、本国から長い補給線をつないではるばる物資を運ぼうとしても、到底、前線で活動する軍を維持することはできない。

 物資を運べる量が限られているし、なにより、その物資を運ぶために労働する馬などの家畜や、人間たちも多くの物資を消費しなければならないからだ。

 このために、補給線が一定の長さ以上になると、補給のための人員をまかなうためだけで本国からの物資がすべて使われてしまい、前線にはまったく供給できなくなってしまう。


 そこで、略奪を行う必要が出て来る。

 略奪によって補給を実施すれば、補給線を維持する負担がそもそもなくなるし、敵地の民衆を困窮させることで敵国の国力を弱め、その軍事力を低下させるという効果も狙うことができる。

 このために、古代の戦略家には略奪を行うべきだと主張した者さえいる。


 しかし、今回の場合は同じように考えることはできなかった。


 なぜなら、今、ベネディクトの皇帝軍とフランツの正当軍が戦っているのは、あくまで[タウゼント帝国の内乱]であるからだ。


 同じ国家の、同胞。

 そんな人々に対して略奪を働き、数千もの死傷者を生じさせてしまった。


 それは、エドゥアルドにとって、信じがたい暴挙であった。


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