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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第449話:「託された希望:2」

第449話:「託された希望:2」


 その手紙を読み終えた時、エドゥアルドは声を出すこともできず、ただ、その内容に、自身に託された責任の重大さ、希望のまばゆさに、身を震わせていた。


(僕が……、皇帝、に……)


 カール11世は、10年後を考えていた様子だった。

 それは、少年公爵が十分に大人と呼べる年齢に達し、おそらくは自らの領地に必要な改革をすっかり成しとげて、その統治を盤石なものとした頃だ。


 その時であれば、確かに、エドゥアルドが皇帝を目指したとしてもおかしくはないだろう。

 体力・気力が充実し、自らの領地で行った改革の経験もあり、それらを合わせれば、このタウゼント帝国という国家全体を刷新していく原動力となっただろう。


 しかし、今は、途方もない、としか思えない。

 まだノルトハーフェン公国の改革は完了しておらず、帝国全体を治めきれる自信などまったくない。


 現状で、彼の統治にその運命を委ねている、数百万の人々。

 それだけでも重い責任であると感じているのに、それが一気に十倍にも膨れ上がることになるのだ。


「エドゥアルド殿。手紙には、なんと? 」


 手紙に目を通してから一言も発せず、小刻みに身体を震わせている少年公爵の様子から、そこに書かれていた内容がやはり重大のことであったのだと悟ったのだろう。

 前オストヴィーゼ公爵、クラウスは、できるだけ優しい口調で、しかし、一国の命運に関与している立場としてはいち早くその内容を知らなければならないため、有無を言わせぬ様子で手紙の内容を説明してくれるように求めた。


「……クラウス殿。申し訳、ありません。

 僕の口からは、とても、説明できそうにありません。


 あまりに……。

 あまりにも、書かれていることが、大き過ぎるのです」


 少年公爵は、そう答えるのがやっとだった。

 その様子を目にしたクラウスは、少し躊躇ちゅうちょはしたものの、周囲にいる者たち、━━━ユリウス、ヴィルヘルム、エーアリヒ準伯爵、アントン参謀総長らに目配せをして暗黙の了解を取りつけると、イスから立ち上がってそっといたわるようにエドゥアルドの肩に手を置き、「拝見させていただくぞぃ」と断ってから、彼の手から手紙を受け取った。


 それからクラウスは、「ぅおっほん! 」と咳ばらいをして姿勢を正すと、その場にいる全員に聞こえるように皇帝からの手紙を読み上げる。


 人々の顔が、驚きに染まっていく。


 ━━━皇帝となり、タウゼント帝国を刷新し、次の一千年の礎を築け。

 そう依頼されることになるとは、誰1人として、想像すらしていなかったことだからだ。


「……陛下からの手紙に書かれていた内容は、以上じゃ」


 やがてクラウスが読み上げを終えると、広間は沈黙に包まれた。


 カール11世自身から、エドゥアルドに皇帝になれと言って来た。

 それは、この帝国で望み得る中でも、最大の[大義]であっただろう。


 ノルトハーフェン公爵を、皇帝に!


 しかし、そんな声は誰からもあがらなかった。

 なぜならみな、少年公爵自身と同様に、「まだ早過ぎる」と思っていたからだ。


 年若い公爵の統治能力。

 その実力については、少なくともこの場にいる全員が高く評価している。

 経験こそ浅く、未熟な点ならいくらでも指摘することが可能だったが、彼がゆくゆくは必ず名君となり、歴史に残すべき偉大な功績をあげるだろうと信じている。


 成人し、経験を積んだ彼ならば、皇帝であろうと期待以上の働きを示すのに違いない。

 その点を疑う者はここにはいない。


 ただそれは、あくまで[未来]のことだ。

 ノルトハーフェン公国の統治を通じて十分に経験を積み、酸いも甘いも知って、政治の世界の姑息さ、陰険さを乗り切る力量を身に着けた後の話だ。


 [今]、ではない。

 ここで皇帝位についたエドゥアルドが、カール11世の望んだような事績を成し遂げられると、そう信じることは難しかった。


 それでも、カール11世が「それまではノルトハーフェン公爵に手紙の存在を明かすな」と命じていた「その時」とは、今を置いて他にはないだろうということは、全員が首肯せざるを得ないことであった。


 タウゼント帝国は、誇張ではなく、その歴史が始まって以来の危機に直面している。

 外にはアルエット共和国。

 内には、皇帝位を巡る混乱。


 一歩間違えば、滅びへと直結するのに違いない。

 そう不安を覚えずにはいられないような状況だ。


 そして、内乱を戦っているヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトと、ズィンゲンガルテン公爵・フランツ、そのどちらが帝位を襲ったとしても、この困難な時代を乗り越えられるとは確信をもって言えなかった。


 なぜなら、両者とも声高に「危機だ」と叫んではいるが、本当の意味でその深刻さを理解しているわけではないからだ。


 そうでなければ、こんな、帝国を二分するような内乱など起こしてはいないだろう。

 差し迫った状況だ、と言っていながら、両者とも本心では、「なんとかなるさ」と思っているのだ。


 そしてその根拠は、漠然としたものでしかない。


 この国は、タウゼント帝国は、これまで一千年もの間存続して来た。

 だからこれから先もきっとそうであるのに違いない。


 そんな、勝手な思い込みが根拠になっている。


 カール11世が指定していた「その時」とは、間違いなく今日、この時であっただろう。

 帝国は今、分水嶺にいる。

 改革され、そのありようを一新して、新たな時代を築いていくか。

 それとも、真っ逆さまに坂を転げ落ち、滅亡して、歴史を飾る1ページになり果てるか。


 その決断を、迫られている。


 しかし[その時]の訪れは、エドゥアルドにとっても、カール11世にとっても、あまりにも早過ぎる、想定外のものだった。


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