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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第442話:「ルーイヒ丘陵の戦い:7」

第442話:「ルーイヒ丘陵の戦い:7」


 貴官は諸侯の軍を統合し、後続として駆けつけよ。

 そう主から命令されたモーント大佐は、これは、実質的な厄介払いであるということを理解していた。


 モーントは主人が嫌がっているのを知りながら、何度もこの挙兵を止めるようにいさめた。

 それは彼が頑固で己の意見を変えないからではなく、この行いが民衆を徒に苦しめるだけで、害ばかりがあってなんの益もないとしか思えなかったからだ。


 フランツは、タウゼント帝国の伝統を守ることに美を見出している。

 陪臣とはいえ、帝国貴族に名を連ねるモーントにも、その気持ちはわからないでもない。


 しかし、今、この時に、民衆が疲弊して苦しんでいるのに軍を起こすことはないのではないか。


 貴族は生まれながらにして、民衆を統治し、支配する権利を有している。

 しかしその[権利]には、人々を安寧な暮らしへと導き、繁栄させるという[義務]も付随しているのではないか。

 それがモーントの信念であった。


 だからこそ、主人の言う[大義]を理解しつつも、正当軍を設立することに反対した。


 その気持ちは、今も変わっていない。

 むしろ、より強固なものとなっている。


 それでもモーントは、先行した主の軍が敵と交戦状態に入ったと知ると、駆けつけた。


 指揮下に入れられていた諸侯には「急行して欲しい」と命じはしたが、彼らの戦力を頼みになどできなかった。

 正当軍に参加した諸侯の中には、フランツのかかげる[大義]を理解し、共感して加わった者たちもいる。

 しかし、それは少数派であり、ほとんどは従来から続くズィンゲンガルテン公爵家との縁戚関係や、正当軍についておいた方が後々有利になるかもという、打算によってつき従っているだけなのだ。


 フランツが受け継いだズィンゲンガルテン公爵家という[家]を大切に考えているように、諸侯もそれぞれの[家]こそ第一と考えている。

 同じ貴族としてそのことを知っているモーントは、諸侯をいくら急かしたところで迅速に戦場に駆けつけさせることができないことも知っていた。


 もしフランツが敗北したところで、直接戦闘に参加していなければ、新皇帝となったベネディクトから[正当軍に加わっていたこと]を罪に問われても軽い処罰を受けるだけで済むに違いない。

 中には、「陛下を勝たせるために、わざと駆けつけなかったのです」などと、恩着せがましく恩賞をねだろうと邪なことを考えている者さえいることだろう。


 勝敗がはっきりせぬうちは、積極的には動かない。

 フランツから諸侯の指揮を任されたモーントは、彼らと合流してすぐに、そういう日和見的な空気が充満していることに気づいていた。


 信じられるのは、自身と同じくフランツ公爵に仕えている兵士たちだけ。

 以前から共に長い時を過ごして来た、互いによく見知った部下たちだけだ。


 だからモーントは、諸侯に戦場に急行せよとは命じはしたものの、その反応を確かめることもせずに、補給品や重装備などを運搬している団列を置き捨てて兵たちを駆けさせた。


 もし、彼がこの決断を下さなければ。

 タウゼント帝国の内乱は、この初戦で、ルーイヒ丘陵の戦いで終結したかもしれない。


 戦いが終わった後でそのことに気がついたモーントは、わずかに後悔を覚えることとなるが、しかし、今の彼にとっては、主君を救うことこそがすべてだった。


 たとえ自身と意見が合わず、間違った目的で、してはならない時期に軍を起こした主であろうとも。

 その苦難を救い、命がけで守るのが[臣]であり、モーントの考える[軍人]としての在り方だった。


 フランツの軍が全面崩壊する寸前に到着した、5000名の部隊。

 この軍の出現は、リヒター準男爵から勝利の美名を得る機会を奪い去った。


 崩れ立った正当軍を追撃し、徹底的に粉砕しようと、皇帝軍の将兵は勇んで進んでいた。

 どうか自分に弾丸が当たらないように、と殊勝に願っていた姿はどこへやら。

 彼らは背中を見せる敵に対し、獰猛に追いすがり、その闘争本能を発露して、一心不乱に攻め立てた。


 その横合いからモーント大佐の一団が襲いかかると、皇帝軍には一気に混乱が広がっただけではなく、勝利の熱狂さえ消え去り、誰もが恐怖した。

 フランツの正当軍の[主力]が戦場に到着したと、そう誤解してしまったからだ。


 この一撃で勝利を決定づけようと、皇帝軍の先鋒を指揮していたリヒター準男爵が自ら出撃し、予備兵力を残らず投入して戦闘に加わっていたこともよくなかった。

 もしも前線ではなく後方にいて、冷静に、広い視野で状況を観察することができれば、彼はすぐに、敵の増援が決して多くはないことに気がついただろう。

 だが自らもサーベルを抜いて戦っているような状況では、落ち着いて判断を下すことなどできない。


 この局面で敵の主力が到着し、フランツの部隊を追撃するために殺到して陣形が乱れているところに横合いから攻撃を加えられたら。

 今度は、こちらが大打撃を受け、壊滅させられることになりかねないのだ。


「退け、退けーっ! 後退し、態勢を立て直す! 」


 だからリヒターは咄嗟の判断でそう命じていた。

 勝利を得ることが主人から与えられた使命であったが、同時に、彼には預かった兵力を無駄に犠牲にしないという義務もあったからだ。


 指揮下の兵士たちが後退を開始してからようやく、あらわれた敵の増援が少ないということに気がついたリヒターは、馬上でいまいましそうに罵りの言葉を吐いた。

 勝利を得る機会を、自分の命令で失ってしまったのだということに気づいたからだ。

 今さら攻勢を再開するには部隊の統率は乱れ過ぎてしまっていたし、せっかく突き崩したフランツの軍も、こちらが後退したことによって立て直しを図り、逃げていた兵士たちを再集結させて新たな防衛線を構築しようとしている。


 リヒターはこのまま大きく後退して、こちらも部隊を立て直し、こちらも防御態勢を整えるという選択をせざるを得なかった。

 というのは、すでに日が大きく傾き始め、今から攻撃を再開できるのは夜間になってしまうからだ。


 すでに兵士たちの中から、闘争心は消え失せていた。

 誰もがこれで今日の戦いは終わりだろうと考えていたし、行軍して来た後に戦闘を行った疲労も感じていた。

 加えて、武器・弾薬も消耗している。

 補給と、休養が必要だった。


 こうしてルーイヒ丘陵の戦いは、両軍とも決定打を欠いた、引き分けと言うべき形で幕引きとなった。


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