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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第438話:「ルーイヒ丘陵の戦い:3」

第438話:「ルーイヒ丘陵の戦い:3」


 ルーイヒ丘陵に、絶え間なく銃声が轟いている。

 兵士たちに号令するドラムと笛、ラッパの音が響き、それらの音に驚き怯えた家畜たちは逃げ出し、働いていた農民たちも自身の家族や村の人々に危機を伝えるために駆け戻った。


 この近くにある村はみな、この戦闘に巻き込まれる恐れがあるのだ。

 一刻も早く逃げ出さなければ危なかった。


 皇帝軍と、正当軍。

 タウゼント帝国の内乱の火ぶたを切った両軍の戦いは、単調なぶつかり合いで始まった。


 ルーイヒ丘陵は、丘陵と呼ばれているとはいえその起伏は小さく、見晴らしがよい。

 だから、ベネディクトに率いられた皇帝軍の進軍を待ち受けていた正当軍はその兵力を十分に隠すことができず、正面から迎撃するという形にならざるを得ず、両軍とも左右に前線を広げて射撃戦を展開する以外に戦術を取ることができなかったのだ。


 両軍が展開を終えて戦いが始まったのは午後3時ほどで、それから20分ほど、戦列歩兵たちによって形成された前線での、教科書通りの射撃戦が続いた。


 しかしほどなくして、皇帝軍の先鋒2万を率いていたリヒター準男爵は、自らの指揮下にある先鋒部隊の全軍に対して突撃を命令した。


 これは、リヒターが自らの手柄欲しさにはやり、判断を誤ったわけではなかった。

 彼はベネディクトから腹心と頼られるほどの人物であり、また、有能な軍人であった。


「大砲の音がしない」


 前線から少し離れた後方で馬上から戦場を見渡していたリヒターは、唐突にそう呟くと、ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。


 彼はこの場所でフランツに率いられた正当軍に迎撃されることを予測していなかった。

 この場所は地形として待ち伏せには全く不向きであるし、防御に有利な要害というわけでもなく、ましてや、タウゼント帝国にとっての要衝でもない。


 リヒターは、正当軍はもっと帝都・トローンシュタットに近い場所でこちらを迎えうってくるだろうと考えていた。

 帝都を抑えるということには象徴的な意味を持つことで、フランツはそういう効果を狙って、皇帝軍よりも先に帝都に入ろうとするだろうと予測していたからだ。


 一見するとそれは厄介な状況に思えるが、実は簡単に対処してしまえる状況だった。

 というのは、皇帝軍が領国から根こそぎ兵士をかき集めて編成されているのと同じように、正当軍もまた、その根拠地となる自領を守る兵力を残さずかき集めているのに違いないからだ。


 つまり、今、フランツのズィンゲンガルテン公爵と、正当軍に協力した諸侯の領地はがら空きだった。


 もしも正当軍に先に帝都を抑えられてしまったら、どうするのか。

 その時は全軍を持って南へ、ズィンゲンガルテン公国へと進撃し、フランツの領国を占領してしまうのだ。

 そうなれば、フランツは帝都で孤立無援となって、その軍は自然と瓦解するか、少なくとも大幅に弱体化するのに違いなかった。


 ベネディクトは、まだ公に認められてはいないとはいえ、皇帝選挙で勝利はした。

 だから自らが「皇帝である」と名乗るのに、一応の根拠がある。


 しかしフランツにはそれがなかった。

 彼はたった1票差とはいえ、皇帝選挙で敗れた。


 そんな彼に帝都を取られたところで、何ほどのこともない。

 たとえ黒豹門パンタートーアをくぐり、玉璽を手にして「我こそが正当な皇帝だ」と名乗ったところで、その影響力はさして強くはならない。


 黒豹門パンタートーアをくぐることと、玉璽を手にしていること。

 これはタウゼント帝国で[皇帝]という存在を成立させるために重要な要素ではあったが、皇帝選挙に勝利した、というのもまた、欠くべからざることなのだ。


 だからフランツは、皇帝としての権威を振るうことができない。

 たとえ帝都を抑えたのだとしても、皇帝軍がフランツの根拠地であるズィンゲンガルテン公国を制圧し、彼を支えている兵力の源を絶ってしまえば、おのずと勝敗は決する。


 後は相手がどこかへ惨めに逃げ出すか、弱り切った残存兵力を粉砕し、一掃してしまえばよいだけだ。

 もしもフランツが対抗してヴェストヘルゼン公国に向かったとしても、その時は堂々と正面から決戦すればよく、その場合も勝利することは難しくない。

 少なくとも、ベネディクトもリヒターもそう信じている。


 こういう見通しがあったからこそ、皇帝軍は堂々と帝都に向けて進んで来た。


 そして、そう思って勝利を確信し、正当軍も帝都を目指すだろうと考えていたからこそ、このルーイヒ丘陵で戦闘に陥って一瞬、リヒターは面食らった。


 だが、一時の混乱を収拾し、落ち着いて戦場を観察してみると、大砲の音がしない。

 それはすなわち、フランツの正当軍は、リヒターの皇帝軍先鋒と同様、重装備を置き捨てて急いで進軍してきた、ということを意味している。


 つまり、目の前にいる正当軍の兵力は、リヒターの手元にある兵力が限られているのと同様、その全軍はまだ到着していない、ということだった。


 現に、大砲の音がしないばかりか、正当軍が形成した前線の幅はリヒターの先鋒軍と同程度でしかない。

 傾斜が緩やかだとは言っても稜線はあり、その向こうは見えないので、ただ前線に出していないだけでこちらから見えないところに大きな兵力を隠している可能性はある。


 しかしそれは、リヒターに言わせれば明らかに不合理なことだった。

 正当軍はまずは皇帝軍の先鋒を撃破してその威力を示し、この内乱に勝つのは我が方だと、未だに去就を決めかねている諸侯に喧伝しなければならないというのに、兵力を出し惜しみ、逐次投入しているということであるからだ。


(よほどのバカでもない限り、そんなことはせん)


 リヒターはフランツの軍事的な指揮能力を低く評価してはいたが、ベネディクトの下に自分がいるように、敵側にも軍事を理解した専門家がいるだろうと思っていた。

 そういった専門家がいて、適時にその職務を遂行し主に必要な情報を提供し助言しているのならば、こんな戦い方はしない。

 逆の立場であったら、リヒターは少なくとも皇帝軍の先鋒2万の倍以上の兵力を出し、一挙にこれを撃破して叩き返しているだろう。


 それをしない、ということは、できない、ということに違いない。

 あの稜線の向こうには大兵力が隠れている、という危険も考えられたが、見えない、ということは、それと同時に今リヒターの目の前にいる兵力が少ない、という可能性もあるのだ。


 そう判じたからこそ、リヒターは旗下の全部隊に対し、突撃を命令した。

 十分な勝算があるからこその命令であった。


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