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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第20章:「帝国内乱」

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第436話:「ルーイヒ丘陵の戦い:1」

第436話:「ルーイヒ丘陵の戦い:1」


 ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトは、自らの軍を[皇帝軍]と称し、ズィンゲンガルテン公爵・フランツは、自らの軍を[正当軍]と称した。

 どちらも、我にこそ正義があると主張し、1歩も譲らないという意思をあらわした名前をつけたのだ。


 そしてどちらの軍も、その規模を10万と称した。

 自前で動員することのできる兵力が4~5万に過ぎないことは誰もが知ってはいたが、皇帝軍、あるいは正当軍に加わった諸侯の軍勢を合わせればこの程度になるのはあり得ない話ではない。


 そして、両軍の戦端は、ルーイヒ丘陵と呼ばれる場所で開かれた。


 ルーイヒ丘陵は、そこが戦場にならなければ、決して歴史に名を残すことは無かったはずの場所だった。

 タウゼント帝国の西部、ヴェストヘルゼン公国から東に向かって、帝都・トローンシュタットに至る街道が通っている場所で、穏やかな傾斜の丘陵が連なっているからその名がついた。


 古い時代には、別の名前で呼ばれていたらしい。

 というのは、この辺りは元々深い森で覆われており、それにちなんだ名前がつけられていたのだ。


 しかし、時代が進み、人間の手が入って開発が進むと、森林は木材や燃料として消費され、姿を消し、現在の緩やかな斜面を持つ丘陵地帯、という姿だけが残り、そのために現在の名にあらためられた。

 もっともそれだって数百年も前の話で、いつから、誰がそう呼ぶようになったのかは一切、記録にはない。


 そこを通る街道は帝国の主要な幹線道路の1つで、東西を結ぶ重要な連絡線だった。

 このために街道はよく整備され、幅は広く、石畳で舗装され、できる限り直線になるように作られている。


 普段から多くの者がこの場所を通り過ぎて行ったが、そのほとんどの印象には残らない、そんな場所だった。

 というのは、そこにあるのは広大な牧草地と、その草を食んでいる家畜たちの姿だけで、記憶に残しておくような価値があるとは誰も思わない光景しかなかったからだ。


 だが、そんな場所が突然、戦場になった。


 それは、以下のような理由であった。


 自らの陣営を打ち立て、[皇帝軍]を自称したベネディクトは、集まった軍勢を率い、一路、帝都へと向かおうとした。

 彼はこの武力を用いて、今度こそ黒豹門パンタートーアをくぐり、タウゼント帝国の新たな皇帝として即位するつもりであったのだ。


 これに対抗する[正当軍]を名乗ったフランツは、この動きをなんとしても阻止しなければならなかった。


ベネディクトが帝都を抑え、黒豹門パンタートーアをくぐり、玉璽を手にしてしまえば、彼は皇帝としての権威を手に入れてしまう。

 玉璽による押印のある文書には皇帝が発した公文書としての効力が発生してしまうために、現状で様子見を決め込んでいる諸侯たちにとって大きな影響力が及ぶ。

 それだけでなく、ベネディクトは皇帝直属の親衛軍の指揮権まで獲得してしまうことになる。


 そうなってしまえば、フランツの正当軍の敗北は、もはや明らかなものだった。


 正当軍が先に帝都を抑え、フランツが黒豹門パンタートーアをくぐって玉璽を得る、という選択はできなかった。

 というのは、ベネディクトには皇帝選挙で勝利したという大義があり、軍を用いて帝都を抑え、黒豹門パンタートーアをくぐり玉璽を手にしても一応その行為の正しさを主張することができるのだが、フランツは1票差ではあるものの皇帝選挙で敗北しており、同じように正当性を主張することはできないからだ。


 フランツが帝都を急襲した場合、[武力を持って皇帝位を簒奪さんだつしようとした逆臣]という汚名を着せられる可能性があるのだ。

 それに、これから皇帝に即位してこの帝国を納めて行こうという時に、その中枢である帝都を戦場にして破壊してしまうことも避けるべきことだった。

 そんなことをしてしまえば、誰もフランツを正しいとは認めてくれなくなる。


 そうなることは、絶対に避けなければならない。

 そうしてフランツが戦場に選んだのが、ルーイヒ丘陵だった。


 ルーイヒ丘陵は決して、防御に適した地形ではなかった。

 丘陵という名の通り起伏のある地形ではあったが、その斜面はあまりにもなだらかであり、進んで来る者を推しとどめるような障害にはならない。

 おそらく平野と同様、双方が正面からぶつかり合う野戦となるはずだった。


 他に要害と呼ぶべき地点は他にもあるはずだったが、なぜそこを戦場に選んだのかと言えば、ベネディクトの皇帝軍が帝都にたどり着く前に捕捉できる場所が他になかったからだ。

 これより後ろにはいくつか防御に適していそうな地点があったが、そこで戦えば帝都に近過ぎて戦火に巻き込む危険があり、これより前で戦おうとすれば、帝都へ進む皇帝軍を捕捉できずに行き違う可能性があった。

 他に選べる戦場がなかったのだ。


 フランツは自らが先頭に立ってルーイヒ丘陵へと急いだ。

 そしてどうにか、ベネディクトの軍の先鋒が到達する前にそこを抑えることに成功した。


 皇帝軍を自称したベネディクトの軍勢は、街道を堂々と進んでいた。

 彼は我こそが皇帝だと名乗る以上、威容を整えて進軍し、新皇帝の存在を人々に喧伝したいと考えていたからだ。

 そのために皇帝軍の将兵は通常よりもかかげる旗の数を増やし、その存在を誇示しながら、軍楽隊による勇壮な音楽を奏でながら行軍していた。


 フランツの軍が先に帝都を抑えるかもしれない、という可能性を考えないでもなかった。

 しかしベネディクトは、軍事的な指揮能力は自身の方が絶対的に上であり、正当軍が先に帝都を抑えたとしても、簡単に粉砕できるだろうと思っていたし、そのための作戦も用意していたのだ。


 街道を進む皇帝軍の先鋒を率いているのは、ベネディクトがもっとも信頼する部下である、グランツ・フォン・リヒター準男爵だった。

 その数は、ヴェストヘルゼン公国軍を中核とした約2万。


 この軍勢を、ルーイヒ丘陵で待ちかまえていたフランツの正当軍が襲った。


 戦いはまず、丘陵の稜線に隠れていた正当軍の軽歩兵が姿をあらわし、皇帝軍の先頭に向かってライフル銃を撃ちかけたことで始まった。

 待ち伏せ攻撃をかけるのならもっと敵を引き込んでから一気に奇襲し、より大きなダメージを敵に与えるべきではあったが、ルーイヒ丘陵のなだらかで開けた地形では、敵を引きつけようとしてもすぐにこちらの存在が露見してしまう。

 辺り一帯は放牧地であり、丈の高い茂みなど、隠れられそうな場所もない。

 だから止むを得ず、とにかく先制の射撃を加えたのだ。


 この攻撃に、皇帝軍は一時だけ混乱した。

 正当軍が帝都へは向かわず、防御に適した地形でもないこの場所でこちらを待ちかまえているとは予想していなかったからだ。


 しかし、先鋒軍を率いているリヒター準男爵は、ベネディクトから受けている厚い信頼を裏切らなかった。

 彼は正当軍がズィンゲンガルテン公爵家を示す鹿を模した紋章の刺繍された旗を掲げていることに気づくと即座に後方のベネディクトへと状況を伝える使者を送り、自らは混乱する兵を叱咤して、軽歩兵を前面に展開させ応射させるのと同時に、歩兵部隊を左右に広く展開させて戦闘態勢を整えさせた。


 こうして、散発的な銃撃から始まったルーイヒ丘陵の戦いは、徐々にその激しさを増していった。


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