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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第19章:「皇帝選挙」

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第431話:「黒豹門:3」

第431話:「黒豹門:3」


 少年公爵の声が辺りに響いた時、必死に黒豹門パンタートーアを守ろうと隊列を維持し、人間の壁を作っている衛兵たちをいまいましそうに睨みつけていたベネディクトは、思わず舌打ちをしていた。


 彼は、混沌とした帝国の状況を一気に打破し、皇帝という至高の地位を掌中に納めようと必死だった。

 そのために、皇帝の発言を捏造してまで皇帝選挙にこぎつけ、そして、その皇帝選挙で、たった1票の差とはいえ、勝利を手にしたのだ。


 念願の、皇帝という地位。

 自身の想い描いたとおりに国政を牛耳り、己の力量を持って、このタウゼント帝国をこれまでよりも一層、偉大で、強力な国家にして見せるという野望。


 それが成就しようとする度に、邪魔が入る。


 ベネディクトはサーベト帝国による攻撃にズィンゲンガルテン公国がさらされていた時、その領主であり、皇帝選挙ではもっとも強力なライバルになると目されていた(そして実際にそうなった)フランツの力を弱めようと画策した。


 しかしその策略は、「民衆の困窮を放置することは許されるべきではない」などという青臭い考えを振りかざした少年公爵によって、十分な効果を得ることができなかった。


 小癪な小僧。

 ノルトハーフェン公爵のことをそう憎らしく考えてはきたが、ベネディクトにとって、この時ほどエドゥアルドという存在が疎ましく思えたことはなかった。


 目の前にある、黒豹門パンタートーア

 あの門をくぐりさえすれば、自身の大願が成就する。


 その決定的な瞬間を、エドゥアルドに邪魔されたのだ。


 ベネディクトは少年公爵のことを憎らしく思いつつも、相応にその能力を評価して来たつもりだった。

 アルエット共和国との戦いでは彼がいなければ自身も痛手を負ったのに違いなかったし、その後、サーベト帝国との戦役でも、自分と方針を異にしていたとはいえ活躍している。


 加えて、少年公爵は自身の領地の経営手腕にも長けていた。

 その手法はベネディクトからすれば「考えられない! 」と真っ向から否定したくなるようなものだったが、それでもノルトハーフェン公国の経済が活性化し、その国力が一層、富んでいるのは事実だった。


 現実として目の前に見せつけられたことは、認める。

 ベネディクトはそれくらいの胆力と度量は持ち合わせている。


 それに、エドゥアルドにはかわいげもあった。

 本心はどうあれ表面的にはベネディクトへの礼節を欠いたことはなかったし、その青臭い理想を追い求める姿は、「まだ若いのだ」と、微笑ましくも見えたからだ。


 ノルトハーフェン公爵は憎たらしい、小賢しい存在ではあるが、自身にとっての敵とはならない。

 貴族としてはできて然るべき、むしろその巧緻さを誇るべき陰謀や策略を使いこなせずにいる少年公爵など、自身の国のことで精いっぱいで、野心のない者など、とるに足らないと。


 そう思って来た。


 だが、結果はどうだろうか。

 エドゥアルドはベネディクトにとって決定的と思える場面で、実に嫌なタイミングで、邪魔をして来る。


(皇帝選挙について疑惑が生じるように画策したのも、こ奴なのではないか? )


 ベネディクトがそんな疑いを持ちたくなってしまうほどに、タイミングがいい。


 今すぐにあの小癪な小僧を叩きのめしてやりたい。

 そんな、腹の内で湯が煮えたぎるような激情を覚え、両手の拳を強く握りしめているベネディクトに真っ直ぐな視線を向け、エドゥアルドは10人程度の供を従えて進んで来る。


「ベネディクト殿! 」


 少年公爵は再び口を開くと、距離が縮まったことで以前よりも抑えた声で呼びかけて来る。


「侍従殿から、聞きました!

 これはいったい、どういうおつもりなのです!?


 皇帝選挙の結果については、後日、あらためて協議しようと、そう諸侯の間で定まったはず。

 そうであるからには、たとえ1票の差でベネディクト殿が皇帝選挙に勝利なされていても、未だ、あなたは皇帝ではないはずだ。


 それなのに、このように強引に、しかも手勢を率いてまで、黒豹門パンタートーアをくぐろうとなさるとは!

 とても、我こそが皇帝に、と名乗りをあげるほどのお方の行いとは思えませぬ! 」


 エドゥアルドはそう詰問する間に、すでにベネディクトまで5、6メートルほどの距離にまで近づいてきていた。


 すると、ベネディクトがなにかを命じるまでもなく、ノルトハーフェン公爵とヴェストヘルゼン公爵との間に人垣が作られる。

 10名程度と少ないとはいえ、腰にサーベルを下げ、武装しているエドゥアルドたちをこれ以上は主人に近づけまいと、リヒター準男爵に率いられている警護の兵士たちが自発的に防御網を敷いたのだ。


 エドゥアルドの側もそれに応じ、自然と、ミヒャエル大尉たちが前に出て人間の盾を形作る。

 しかし、自身をかばうように立ちはだかったミヒャエルの肩をつかむと、少年公爵は自ら前に出て来た。


 ベネディクトも、まったく同じ行動をとった。

 盾となっているリヒター準男爵の肩をつかんで引き下がらせると、代わりに、自身が前に出る。


 自分よりも年若い、未熟なはずの少年公爵が進んで前に出てその姿をさらしているのだ。

 ずっと年長で皇帝になろうという人物が、びくびくと部下の背中に隠れているわけにはいかないと、そう考えているのだろう。


 2人の公爵は、互いに憮然ぶぜんとした険しい表情で睨み合う。

 まだ成長しきっていない少年公爵が見上げ、壮年の野心に燃える男が見おろしている。


 両者の間には、まるで一触即発の戦場のような、静かで、張り詰めた空気が満ちていた。


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