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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第19章:「皇帝選挙」

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第429話:「黒豹門:1」

第429話:「黒豹門:1」


 黒豹門パンタートーア

 帝都・トローンシュタットの中枢であるツフリーデン宮殿にあり、皇帝という権威を俗世から隔絶させ、その威光をあまねく帝国中に知らしめている建造物。


 希少な黒大理石で覆われたその外観は唯一無二の物であり、それを目にするすべての人々にそれが特別な門だということを理解させる。

 その門にはタウゼント帝国の国章であり象徴ともなっている黒豹パンターの彫像が凛々しくそびえ、この国家が保有する強大な威力を誇示していた。


 この黒豹門パンタートーアで、騒動が起こっている。

 その知らせを、エドゥアルドは朝食後のコーヒーを楽しんでいる最中に聞いた。


 異常を知らせに来たのは、エドゥアルドの手の者ではなかった。

 知らせてくれたのは、皇帝の侍従。

 本来であればツフリーデン宮殿の主である皇帝に仕え、その身の回りのことをこなしているはずの、しかしカール11世が意識不明のままアルトクローネ公国のゴルトシュタットで療養中の今は、使用者なき空っぽの宮殿の維持管理を虚しく行っているだけになっていた1人だった。


 名前は知らないが、面識はある。

 少年公爵は何度も宮殿を訪れる機会があり、その際に応対をしてくれた侍従だった。


「公爵殿下。おくつろぎのところ、大変申し訳ございませんっ。

 しかしながら、急ぎ、お出ましを願いたいのです! 」


 その侍従は、宮殿から駆けつけて来たのだろう。

 呼吸は乱れ肩が上下しているのがはっきりと見て取れ、顔には汗が浮かんだままになっている。


 しかしそのあり様の原因は、単純に彼が宮殿からここまで自分の足で走って来たからだけではないということは、表情の険しさから容易にわかった。

 侍従は心底から焦り、そして恐れている。


「いったい、どうされたというのです? 」


「ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト様でございます。

 閣下が突然、宮殿へとお出ましになり、「皇帝選挙で勝利したのだから、この宮殿の主は自分であるはずだ」などとおっしゃって、黒豹門パンタートーアを押し通ろうとなされておられるのです。


 閣下は、手勢を50名ほど、率いておられますっ」


 侍従の尋常ではない様子からただごとではないと察してはいたが、彼が明かした内容は、エドゥアルドの想像の遥か上を行っていた。


 ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト。

 先に行われた皇帝選挙では、対立候補であるフランツに対し、1票差で勝利した人物。


 しかし、その皇帝選挙が実施されるまでに至った過程について疑惑がもたれたために、皇帝になることができずにいる男。


 そのベネディクトが、手勢を率いて黒豹門パンタートーアへ押しかけ、「自分が新たな皇帝だ」と主張し、その門を通すように迫っている。


 たかが、50名の手勢。

 数だけで言えば、その武力はなんの脅威にもならないはずだった。

 なぜなら帝都には皇帝を守る近衛師団がおり、宮殿はその中でも選りすぐりのエリートである親衛隊によって警護されているからだ。


 帝都周辺に駐留している帝国軍も加えれば、容易に兵力は数万を数え、宮殿にいる者だけでも数百を超える。

 せいぜい50名など、ものの数ではない。


 だが、それを率いているのがベネディクトであり、宮殿の主であるカール11世が不在であることが、問題を侍従たちの手に負えるものではなくしてしまっていた。


「今のところは、我ら侍従と、衛兵たちによってなんとか抑えております。

 しかしながら、陛下はご不在の上、相手は公爵……、皇統に連なるお方でございます。


 我らだけでは到底、ベネディクト様を押しとどめることは叶いませぬ。


 何卒、エドゥアルド殿下のお力で、ことをお納めくださいませ! 」


 相手は、公爵。

 この帝国の国家元首となる資格を持った、被選帝侯の1人だ。


 普段であれば皇帝の名の下に、たとえ公爵であっても容易に退けることができただろう。

 公爵はあくまで皇帝となる資格を持っているだけで、実際に皇帝であるわけではないからだ。


 だが、今は事情が違う。

 当の皇帝は意識不明のままで、この場にはいない。


 ツフリーデン宮殿には、意思決定者が不在であった。

 そしてこの帝国には、皇帝以外には公爵の行動を問答無用で退けられる者はいない。


 だから侍従は、こうしてエドゥアルドに助けを求めて来たのだろう。

 せめてベネディクトと並ぶ公爵の地位にあるエドゥアルドであれば、なんとかことを納めることができるのではないか、と。


「わかった。すぐに参りましょう」


 エドゥアルドは即座にそう返答し、席を立ちあがっていた。


 状況は一刻の猶予もない、差し迫ったものだった。

 ベネディクトは自らを宮殿の主として、タウゼント帝国の皇帝として認めよと迫っており、その要求を阻止することは侍従たちには不可能だからだ。

 今はなんとか抑えているが、押し切られるのは時間の問題だ。


 そしてベネディクトが黒豹門パンタートーアをくぐった瞬間、彼がこの帝国の新たな国家元首であるという事実が、確定されてしまう。

 なぜなら黒豹門パンタートーアをくぐることができる人物はこの世界でただ1人だけ、タウゼント帝国の皇帝と定められており、そして、その奥には、玉璽が保管されているからだ。


 皇帝選挙で選ばれ、黒豹門パンタートーアをくぐり、玉璽を手にする者。

 それが、タウゼント帝国の皇帝である要件であり、ベネディクトはそれを満たしてしまうことになる。


 黒豹門パンタートーアをくぐり、玉璽を手にしてしまえば、この帝国では逆らえる者が誰もいない。


(ベネディクト殿は、血迷ったのか! )


 エドゥアルドはルーシェに手伝ってもらいながら上着を着て、腰にサーベルを身につけながら、怒りに打ち震えていた。


 ベネディクトは皇帝という地位欲しさに、カール11世の言葉を捏造しただけではなく、無理やり黒豹門パンタートーアをくぐり抜け、玉座を掌中に納めようとしている。

 それは道義的に誤った、皇帝位を強奪するのとなんら変わりがないことだ。


 そんなことを計画するだけでもあってはならないことであるのに、実行に移した。

 少年公爵にとってそれは、信じがたい暴挙であった。


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