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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第19章:「皇帝選挙」

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第427話:「決裂:1」

第427話:「決裂:1」


 ベネディクトに同意を強く迫られた際に、デニスがうなずいてしまった。


 この、小さな出来事。

 短い言葉。

 わずかな動作。


 それが、この帝国に決定的な決裂をもたらすこととなった。


「この皇帝選挙は、無効とするべきではない!

 たった今、諸君らが目にした通り、陛下からお言葉を頂戴したことは、デニス殿が保証しておられるのだ!


 つまらぬ疑惑は晴れたというべきだろう! 」


 デニスは自身の精神の受容可能量を越えて迫られたために一時的に自失し、求められるままにうなずいてしまっただけだった。


 だが、ベネディクトにはそんなことは関係なかった。

 他の諸侯たちにとっても、考慮に値することではなかった。


 カール11世は、皇帝選挙を実施することについて、確かに許可を出した。

 それを、デニスは肯定した。


 つまり、この皇帝選挙を無効だとする根拠が、消え去ったことになるのだ。


 そうだとすれば、次の皇帝位は、ベネディクトのモノだった。

 投票の結果は、たった1票の差ではあったが、彼が勝っているのだ。

 そして帝国の国法では、たった1票であっても、より多くの得票を得た被選帝侯が皇帝に即位すると決められている。


「いいや、それはおかしい! 」


 だが、フランツが黙っていなかった。


 彼は、ほとんどの諸侯よりも多くのことを知っている。

 ベネディクトが皇帝の言葉を捏造した時、フランツもまた、同じ居城の中にいたのだ。


 カール11世は自分でなにかの意志を表明することができる状態ではなかった。

 そのことを、フランツは自身の目で直接、確認している。

 だからベネディクトが「なにをやったか」について、確信を持っている。


 しかも、目の前でまた、ベネディクトは強引にことを進めようとしている。

 デニスを威圧することで彼にうなずくことを強要し、そしてその行いに諸侯が気づき、疑問を抱く時間を与えないうちに、自身が[皇帝選挙で勝利した]ということを既成事実化しようとしている。


 フランツは、政治家だった。

 普段の彼は感情を抑制することに慣れており、表面に出て来る感情をとりつくろい、真意を隠しながら、熟慮することのできるタイプだった。


 だが、この時ばかりは、感情の抑制ができなかった。

 ベネディクトのやり方があまりに強引で、性急で、しかも勢い頼みのお粗末なものだったからだ。


「陛下は確かに、意識不明であらせられた!

 シュピーゲル湖で事故に遭われて以来、ずっと、目を覚まされることはなく、お言葉を発せられることもなかった!

 そのご病状は、この目で確かに見て、知っている!


 そんな状態の陛下から皇帝選挙を行う許可をいただいたなどと、あり得るはずがない!

 それは、捏造であろう!? 」


「これは異なことを! 今も、デニス殿が間違いなく陛下からお言葉を頂戴したと、肯定されたばかりではないか! 」


「それは、貴殿がそうするように迫ったからであろう!?

 あのような形での賛同など、認められるはずもない! 」


 大聖堂はたちどころに、ベネディクトとフランツの決闘場と化した。


 それは今のところは、互いに互いの主張をぶつけ合うだけの口論だ。

 だが、いつ流血沙汰になるとも知れなかった。


 なぜなら2人とも儀礼のために帯刀しており、そして、それをいつ引き抜いてもおかしくないほどに激高し、公爵としての外面をとりつくろうことも忘れて感情的に言い合っているからだ。


 諸侯は戸惑い、呆気に取られて、その成り行きを見守ることしかできない。

 自分よりも爵位が上である相手に、口論を止めよと命じることのできる度胸のある人物は、誰もいなかったのだ。


 ベネディクトとフランツの対立の渦中に挟み込まれる形となってしまった宗教指導者も、困惑するだけでどうすることもできなかった。

 声をあげれば両公爵の怒りの矛先が自分へと向けられかねないという、切実な危惧を感じざるを得ないためだ。

 怒った公爵たちのどちらかに斬られかねない、そう予感せずにはいられないほど、両公爵は感情を高ぶらせている。


 この醜態が生まれるきっかけを作ってしまったデニス公爵は、愕然として立ち尽くしている。

 なんでこんなことになってしまったのだと後悔し、だがどうすることもできずに、彼の思考は堂々巡りとなってさまよい、なんの形も得られない。


「ご両人とも、いい加減になされよッ!!! 」


 エドゥアルドは思わず、声を張りあげていた。


 こんな、不毛な対立をくり広げている場合ではないのだ。


 アルエット共和国は大軍を持ってバ・メール王国に侵攻している。

 直接前線に展開している兵力は、20万。

 そしてその後方には、さらに30万もの兵力が控えている。


 今、戦場になっているのはバ・メール王国だ。

 しかし、後方にいる30万もの兵力が、あらためてタウゼント帝国に攻め寄せてくるという可能性は、否定することができない。


 そして現状で攻め込まれれば、帝国は確実に、敗北する。


 この場にいる誰もが、国家存亡の危機に直面しているはずなのだ。

 それなのに、目の前では醜い政争ばかりがくり広げられている。


 エドゥアルドにはそれが、我慢できなかった。


 少年公爵の言葉で、口論はいったん、収まりはした。

 ベネディクトもフランツも自分が公爵であり、皇帝候補であり、諸侯の前で醜態を見せることはできないのだということを思い出したからだ。


 大聖堂は気まずい沈黙に包まれていた。

 醜悪な口論をすることのできる座面ではないと気づきはしたものの、だからと言って、ベネディクトもフランツも、自身の主張をひっこめるつもりなど毛頭ない。

 互いに攻め手を欠き、沈黙し、諸侯は自分ではこの両者の対立を仲裁する術を持たず、黙り込むしかない。


 エドゥアルドも次の言葉を述べることができなかった。

 なぜなら、自分も今は感情的になり過ぎていて、口を開けば、どんな罵詈雑言が飛び出してきてしまうのかわかったものではなかったからだ。


「ここは一旦、解散となさるがよろしいでしょう」


 そんな息のつまる状況に助け舟を出してくれたのは、オストヴィーゼ公爵・ユリウスだった。

 彼は感情を抑えた、冷静そのものに思える声で、仕草で、その場にいるすべての人々に語りかける。


「このまま感情的な議論をしていても、なにも良い結果は生まれないはずです。


 この皇帝選挙の結果を、どう扱うのか。

 その点については、後日、冷静になってから、諸侯の皆で集まり、あらためて意見を集約し、定めるべきでありましょう。


 陛下の意識が戻られぬ以上、この帝国でなにかを決めるには、それしか方法はございません」


 それはユリウスとしても、窮余の策に過ぎなかった。


 だが、溺れる者は藁にもすがるという。

 そして今、この場にいる全員が、溺れ、必死に助けを求めている者たちだった。


 誰、とはわからないが、ユリウスの提案に従おうという声があがり、段々と、広がっていく。

 やがてそれは、その場に集まった諸侯たちの総意となっていった。


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