第425話:「無効選挙」
第425話:「無効選挙」
ユリウスの言った通り、打ち鳴らされた鐘の音は、皇帝選挙の結果を人々に知らせるものだった。
結果が出た際には、大聖堂に3つある尖塔に備えつけられたすべての鐘を打ち鳴らしてそのことを知らせる。
それが決まりであり、結果が出るまでの間それぞれの場所で待っていた諸侯を再び参集させるための合図となっている。
鐘の音を聞いたエドゥアルドとユリウスは、急いで身支度を整えなおし、大聖堂へと向かった。
込み合うことは分かりきっているので、馬車は1台だけで、2人で便乗する。
警護の兵士も最低限で、5名ずつ、合計で10名だけだ。
夜もふけ、本来であればとっくに多くの人々が寝静まっているはずの時間だったが、通りは賑やかだった。
多くの諸侯が一斉に大聖堂へと向かっているというのもあるが、民衆も新たな皇帝が誰に決まったのかを気にして、起きているからだ。
少しでも早く結果を知ろうと通りに出てきている人々の波をかき分けながら進んで行き、ようやくたどり着いた大聖堂前の大広場には、すでに何台もの馬車が到着していた。
その中に隙間を見つけて馬車を停めると、エドゥアルドとユリウスは肩を並べて、足早に大聖堂の中へと向かっていく。
やがてすべての諸侯が再び参集すると、祭壇の前の説教台にのぼった宗教指導者から、皇帝選挙の結果が発表された。
そしてそれは、そこに集まった諸侯の誰もが、驚愕する内容だった。
━━━[無効選挙]。
つまり、今回行われた投票は、不成立に終わった、というのだ。
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今回の皇帝選挙は、無効とする。
その宗教指導者の言葉を聞いた時、諸侯はみな、沈黙した。
誰もが戸惑っていたからだ。
皇帝選挙が不成立となるなど、誰も予想していなかった。
なぜなら帝国諸侯の数は投票によって必ず優劣がつくように、奇数となるようにその総数が定められていたからだ。
過去に、いわゆる決戦投票となった例はあった。
タウゼント帝国の国法では皇帝位の世襲が禁止されており、皇帝選挙では5人の被選帝侯から最大で4人までしか同時に立候補することができないのだが、そういった場合に票が割れ、同率1位になる者が生じた際には、あらためて決戦投票が行われることに決まっている。
そういう事例は、実際に何度かある。
しかし、候補者が2人しかいない場合に皇帝が決まらなかったことなどこれまでなかったし、そうなることはあり得ないように、タウゼント帝国は作られているはずなのだ。
その、起こり得ないはずのことが起こった。
しかも、選挙結果は無効なのだという。
諸侯はみな呆気にとられ、しばらくの間無言になるしかなかった。
だが、徐々にざわめき始める。
それは、宗教指導者がなぜ皇帝選挙が不成立になったのかを説明したためだった。
「厳正な集計の結果、得票数では、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト殿が、1票、勝っておった!
ゆえに、本来であれば、ベネディクト殿が新たな皇帝に即位するべきである!
しかしながら、確かな情報筋より、今回の皇帝選挙の実施に際し、重大な疑義がある、との知らせがもたらされたのだ!
それは、皇帝選挙の実施を裁可なされたという陛下のお言葉は、偽りであったという知らせだ!
陛下は今もアルトクローネ公爵家の居城でご療養中であり、意識不明であらせられる!
そんな陛下が、皇帝選挙の実施を許可できるはずがない、と!
すなわちこの皇帝選挙は、そもそも無効なのではないか、と! 」
諸侯のざわめきが、徐々に大きくなっていく。
皇帝選挙がこれほどの短期間で実施にまでこぎつけたのは、皇帝、カール11世自身の[許可]があったとされているからだ。
ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトと、アルトクローネ公爵・デニスの連名で発せられた布告にはその旨がはっきりと記されており、公爵という重要な立場にいる者たちから出されたものだという[信用]もあって、諸侯はこの皇帝選挙の実行を認めたのだ。
しかし、そもそも皇帝からの許可などなかったのではないか。
この皇帝選挙は、皇帝が未だに存命であるにもかかわらず、意識不明であることをいいことに、臣下が勝手に開催させたものなのではないか。
宗教指導者の言葉は、その疑問を諸侯に突きつけるものであった。
エドゥアルドは、この[疑惑]が、真実であることを知っている。
具体的な証拠こそないものの、そう信じるだけの事実を、少年公爵は自身の体験として持っている。
だが、宗教指導者が皇帝選挙を無効だと宣言したことは、彼にとっても意外なことだった。
それが選挙の実施を阻止したい者たちによって行われた陰謀、偽情報ではなく、相当な信頼性を持った、皇帝選挙という一大行事を無効とする根拠としてふさわしい理由だと認めさせることは、相当に困難なことであるはずだったからだ。
確かな情報筋からもたらされた情報だ。
宗教指導者の言うそれが、いったいどんなものなのかは見当もつかない。
第一の容疑者は、本来であれば1票の差で敗北することになるはずだった、ズィンゲンガルテン公爵・フランツだ。
こういった陰謀の犯人を推理する際の基本はまず、誰がこの出来事によって利益を得たか、であり、その点フランツはまさに犯人として疑うべき相手だった。
彼は皇帝になるという野望がついえるところだったのに、無効選挙となったことで望みがつながったのだ。
エドゥアルドは密かに、フランツの方へ視線を向ける。
しかし、少年公爵から見て祭壇の右側に立って選挙結果の発表を待っていたフランツも、驚き、唖然とした顔をしている。
演技かもしれなかったが、とてもそうは見えない、自然な表情だ。
(僕には、わからない……)
エドゥアルドには誰が宗教指導者にベネディクトが行った皇帝の発言の捏造という犯罪のことを知らせ、それだけではなくそのことをどうやって受け入れさせたのか、まるで予想ができなかった。
ただ1つ、明らかなのは、これからこの場は、大混乱に陥るだろうということだけだった。




