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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第19章:「皇帝選挙」

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第423話:「投票:1」

第423話:「投票:1」


 短く、激しい政治工作合戦の後に、とうとう、皇帝選挙の投票が行われる期日が訪れようとしていた。


 自らに与えられた一票を、誰に投票するのか。

 ただ一言、自身の考えを表明する為だけに、タウゼント帝国の諸侯はみな帝都・トローンシュタットを目指した。


 皇帝選挙において、次期皇帝候補として名乗りをあげることができるのは5つの被選帝侯だけだった。

 しかし、投票権については、皇帝に直接仕えている諸侯はみな、等しく一票を持っている。

 それがこの帝国が生まれて以来の国法だった。


 国中から、続々と諸侯の馬車が帝都へ向かっていく。

 5人の公爵と、数十人の伯爵、そして数百人の男爵。

 それぞれの家格と国力に見合った隊列を組み、進んで行く。


 一度にすべての諸侯とその従者たちを受け入れることとなった帝都は、凱旋式が行われた際を思い出させるような賑わいを見せていた。


 皇帝、カール11世が意識不明に陥った。

 その知らせを聞き、帝都の人々はみな活動を自粛していたのだが、皇帝選挙のために諸侯が一堂に会するとなれば、その受け入れのために慌ただしく働かざるを得ない。


 実際の投票は、皇帝の戴冠式も執り行われる大聖堂で、タウゼント帝国の国教として定められている宗派の最高指導者の立ち合いの下、神に向かって宣誓するという形で行われる。

 諸侯は順番に神殿の祭壇の前に進み出て、宗教指導者の前で声に出して、自分が誰に投票するのかを、他の諸侯の前で宣言するのだ。


 そしてその結果は宗教指導者の手によって書き記され、他に数人いる宗教家たちが書き記した内容と相互に確認しながら集計される。

 誰が新たな皇帝として選ばれたのかは、集計が終わり次第、宗教指導者の口から、神に報告するという形で発表される。


 これは、投票の不正などを阻止するのと同時に、皇帝という地位は神によって認められたものなのだと示すための仕組みだった。


 宗教は今となっては絶対視されていなかったが、タウゼント帝国が建国された当時には、神の教えは人々にとって神聖不可侵のものだった。

 だからこそ神の権威を借りることは、皇帝を存立させるために非常に有用で、欠くべからざる要素だったのだ。


 科学的な思考法の発達により、神の教えを順守しなければならないという考え方は影響力を失って来てはいる。

 しかし、タウゼント帝国の建国以来の伝統という歴史に根差した[価値]は大きく、皇帝選挙の在り方を変えようと考えるものは誰もいなかった。


 投票日の前には、宗教団体を中心に、盛大な儀式が行われる。

 それは皇帝選挙が公平に実施され、新たに即位することになる皇帝の治世が豊かなものとなるように神に祈るためのもので、帝国の国庫から教会への多大な額の寄付が出されて費用が捻出される。

 教団の宗教指導者たちは3日間大聖堂で祈りをささげ、神を称える聖歌を歌い、神に様々な供物をささげる。


 そうして、すべての準備が整えられ、皇帝選挙の日が訪れた。


────────────────────────────────────────


 皇帝選挙は、まず、宗教指導者が神に向かって選挙の実施を宣言し、次いで、候補者たちがそれぞれ、公正な選挙を行うこと、選挙の結果に従うことを宣誓して始められる。


 皇帝選挙のライバルであり、激しく対立する政敵同士であるベネディクトとフランツが並んで、祭壇に向かってひざまずく。

 そして2人はそれぞれ、定められた誓いの言葉を述べ、そして、祭壇の左右に用意された自らの席へと向かって、諸侯による投票の結果を見届ける。


「これより、神の御名の下に、皇帝選挙の投票を執り行う!

 アルトクローネ公爵・デニス殿、前へ! 」


 祭壇の前の説教台に立った宗教指導者が、高らかな声で宣言すると、大聖堂に集まった諸侯たちの中からデニスが前に出る。

 彼が最初に投票するのは、帝国諸侯の中でもアルトクローネ公爵家の家格がもっとも上とされているためだ。


 デニスは、緊張していた。

 身体と表情が強張り、その動きはギクシャクとしていて、右手と右足が同時に前に出てしまうほどだった。


「ヴェ、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト殿に、わ、我が一票を! 」


 彼は祭壇の前に立つと、うわずった震えた声で、だが、はっきりと響く声でそう宣言する。

 大聖堂の内部はいくつもの石造りのアーチが組み合わされて、多くの信者が一度に集まって祈りを捧げられるように作られていたが、投票が行われる間はその場に集まった諸侯の誰もが静粛にしているために、しっかりと声が届くのだ。


「ノルトハーフェン公爵・エドゥアルド殿! 」


 次いで、宗教指導者がエドゥアルドの名を呼ぶ。


 祭壇まで続く赤絨毯の上をマントをなびかせながら進んで行くエドゥアルドの足取りは、デニスとは打って変わって堂々としたものだった。

 少年公爵はまっすぐに祭壇を見すえ、迷いない表情で歩みを進めていく。


 今さら、迷うことはなにもない。

 自分は最善をつくし、できるだけのことをやって来た。


 その自負が、エドゥアルドの態度にあらわれていた。


「ズィンゲンガルテン公爵・フランツ殿に、我が一票を! 」


 そしてエドゥアルドは、神の前で宣言する。


 すると一瞬、その光景を見守っていたベネディクトが驚きをその表情に浮かべる。

 どうやら彼は、エドゥアルドは自分に投票をするだろうと、タカをくくっていたらしい。

 それに対しフランツはというと、事前にエドゥアルドから支持を表明されていたために、余裕の笑みを浮かべている。


 続いて、オストヴィーゼ公爵・ユリウスの名が呼ばれた。

 彼もまたエドゥアルドと同様に、堂々とした態度で進み、そして、はっきりとした揺らぎのない声で宣言する。


「ズィンゲンガルテン公爵・フランツ殿に、我が一票を! 」


 その言葉に、諸侯の間でわずかなどよめきが起こる。

 エドゥアルドたちは必死に手紙を書き、多くの諸侯にフランツに味方するように要請していたのだが、短期間のことでありすべての諸侯に対してそうすることができたわけではない。


なにしろ帝国諸侯は数百名もおり、帝国はあまりにも広く1か月という短期間では手紙を書ききれなかった。

だからなにも知らない諸侯は、事前の風評通り、ベネディクトが皇帝に即位するモノだと思い込んでいたのだ。


 それなのに、目の前で投票権を行使する3人の公爵の内、2人までもがフランツの支持を表明した。

 事前の予想とは異なり、フランツが勝つかもしれないと、誰もがそんな予感を抱く。


 こうして皇帝選挙は、波乱を含んだ幕開けを迎えることとなった。


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