第418話:「2択か、あるいは:3」
第418話:「2択か、あるいは:3」
兵を指揮する能力に長けていることは、必ずしも戦争の勝利には結びつかないのではないか。
そう指摘したルーシェの言葉を、その場にいた者はみな、真剣に聞こうとしてくれている。
「その、あまり自信はないのですが……」
ルーシェは緊張で声を震わせながら、自分の考えたことを説明していく。
今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたいほどに恥ずかしく、怖くもあったが、そうすることでエドゥアルドたちの役に立つことができるのなら、と、彼女は踏みとどまっている。
「エドゥアルドさまとユリウスさまがベネディクトさまを支持しようとされているのは、アルエット共和国が、50万という大軍を動員して軍事行動を起こしたからですよね。
ですが、そもそも共和国がそれほどの大軍を動員し、そのすべてをこちらに差し向けることができているのは、そうすることのできる状況を作ったから。
共和国にとっては背中側になる、フルゴル王国を掌中に納めているからです。
ですから、これをなんとかすることができれば、と思うのです。
そしてそういったことは、ベネディクトさまよりも、フランツさまの方が得意であるのではないでしょうか? 」
公爵たちは、なにも言わない。
エドゥアルドとユリウスは驚き、半ば呆然とし、クラウスは不敵な笑みを浮かべながら、ルーシェと若い公爵たちの様子を交互に観察している。
自分の言葉の続きを、待っている。
そう気づいたルーシェは、もうこれ以上はムリだ、と弱音を吐きたくなったがなんとかこらえて、自分の精一杯を言葉にする。
「その、ヴィルヘルムさまから教えていただいたのですが、えっと、遠くとは交わり、近くを攻める、という言葉があるそうなのです。
この場合、近いのはアルエット共和国。
遠いのは、フルゴル王国……、それ以外にも、海を隔ててはいますが、イーンスラ王国も考えた方がよろしいかと思います。
そうやってアルエット共和国の背後に位置する国々と手を結び、実際に軍隊を動かしていただけなくても、牽制するなりしていただければ、共和国が私たちへと向けることができる力は大きく削ぐことができるのではないかと思います。
そして、そういったことはフランツさまの方が得意なのではないかな、と」
ルーシェは、すべてを言い切ると沈黙した。
公爵たちは、なにも言わない。
エドゥアルドとユリウスは呆気にとられた顔でじっとルーシェのことを凝視し、クラウスは今にも笑いだしそうなのを必死にこらえているような顔をしていた。
「あの……、あまり、良くなかったでしょうか? 」
自分はなにか、とんでもなく間違ったことを言ってしまったのではないか。
そう不安になったルーシェが首をすくめながらたずねると、突然、クラウスがパシンと、自身の膝を手で叩いた。
「お主、なかなか良いぞ! 」
そして飛び出してきたのは、惜しみない賞賛の言葉だ。
「遠交近攻、外交政策においては基本中の基本でしかないことじゃが、今のワシらには明らかに欠けておった視点じゃ!
左様、お主の言う通り、アルエット共和国の背中に[敵]を作ってやれれば、自然と、こちらへと向けられる兵力も減るであろう。
さすれば、決戦において勝利したのと同じか、それ以上の効果が得られるぞぃ!
フルゴル王国を抑え続けるためには、10万や20万は差し向けねばならんはずじゃからのぅ」
(よかった……っ! )
クラウスからの誉め言葉に、ルーシェはほっと安心して、同時に、自分でも役に立てたのだと、飛び跳ねて喜びたい気持ちになって、自然と表情をほころばせていた。
その一方で、エドゥアルドとユリウスは、少し暗い表情をしていた。
共和国軍が、攻め寄せて来る。
未だかつて聞いたこともないような、50万という大軍を持って。
そのことに意識が向き、目が眩み、思考を縛られて、公爵ほどの者であれば当然、思い至って然るべきだった事柄を失念してしまっていたのではないか。
そういう自責の念が、どんどん膨れ上がって来るのだ。
「フルゴル王国と言えば、確か、フランツ殿のところに縁者が転がり込んでおったはずじゃのぅ!
国王の座を争って、兄弟げんかをしておった片割れ。
アルベルト王子じゃ!
そもそもアルエット共和国がフルゴル王国を掌中に納めたという話も、アルベルト王子が帝国に、縁者のフランツ殿を頼って来たから知れたことじゃったの。
これは、ワシも迂闊であったわい。
アルエット共和国の背中にナイフを突きつけてやるには、絶好の[駒]があるではないか!
おお、ワシらの取れる選択肢が一気に広がったぞぃ! 」
クラウスは上機嫌だった。
元々、彼は硬直した思考に陥っていたエドゥアルドとユリウスに新たな視点の意見を提供し、気づきを与えることを目的としていたのだが、半分は戯れのつもりで話を振ったのに過ぎなかったルーシェから、望んでいたよりも遥かに有益な意見を聞くことができたのだ。
公爵たちは自分たちが思考の袋小路に陥っていたことに気がついたし、なにより、アルエット共和国と正面からぶつかるのではなく、からめ手を使うという発想まで得ることができたのだ。
クラウスにとってはこれ以上にめでたいことはないだろう。
「確かに、ルーシェの言う通り、そういう交渉ごとはフランツ殿の方が得意だろう。
なによりフランツ殿には、ズィンゲンガルテン公爵家がこれまで培ってきた、人脈がある」
エドゥアルドはそのことに今まで思い至らなかったことを恥じながら、言葉に出して自身の新たな思考を整理していく。
「フランツ殿の庇護下にあるアルベルト殿を支援し、フルゴル王国で、アルエット共和国の傀儡に成り下がっているリカルド4世に対して反乱を起こしてもらえば……。
あるいは、リカルド4世自身を支援して、共和国から独立させてしまえば。
加えて、イーンスラ王国も」
一度先入観が崩れると、打てそうな手が次々と湧き出してくる。
クラウスが感嘆したとおり、エドゥアルドたちが取れる選択肢は、一気に広がりを見せていた。




