第41話:「鉄道:2」
第41話:「鉄道:2」
エドゥアルドをはじめとする多くの人々の前で鉄道を宣伝し、これから始まる新しい事業に弾みをつける。
そのオズヴァルトの狙いは、大成功だった。
来賓としてエドゥアルドがやって来たおかげでセレモニーには数多くの企業家や有力者たちが集まり、オズヴァルトは効果的な宣伝を行うことができた。
そして、鉄道事業への投資を来賓たちにつのると、さっそく、かなりの金額が集まったのだった。
結局エドゥアルドは、オズヴァルトの資金集めに協力したことになる。
オズヴァルトは以前、エドゥアルドから公爵位を簒奪しようとする陰謀に加担していたことがあり、エドゥアルドとしてはその役に立つことは少し不愉快なことだったし、資金集めのために自分自身を利用するという態度が気に入らなかった。
しかし、実際に機関車が動いている姿を見ると、その印象は大きく変化した。
(もし、鉄道が開業すれば、この国はもっと発展できるかもしれない)
エドゥアルド自身も鉄道という存在が世に生まれつつあるということは話に聞いていたのだが、その実物を目にするのはこれが初めてのことだった。
そして、その輸送力の高さは、エドゥアルドの想像を大きく上回るものだった。
毎日世話してやることが必要な馬とは違い、鉄道は定期的な整備を行うだけで済む。
馬は多くのエサを必要とし、疲れたり、病気になったりもするが、鉄道はきちんと整備していれば不意に故障することは少なく、安定的に大量輸送を実現することができる。
それは、人や物を輸送することができるというだけではない。
軍隊の移動にも便利なことは、明らかだった。
万単位の軍隊を動かすためには、膨大な量の物資が必要になる。
また、その移動はもっぱら徒歩によるもので、人間が継続して歩ける速度がイコール、軍隊の機動力ということができる。
それらの膨大な物資を輸送し、また、人間の足となるように軍馬を用意することは、難しいことだった。
なぜなら、馬は生き物であって、その時々の都合によって好き勝手にその数を増やすことはできないし、馬の数を増やせばその馬を世話したりするための人員が必要になり、エサなども大量に必要となるからだ。
馬は草食動物だが、その力を十分に発揮してもらうためには、その辺に生えている草を食べさせておけばいいというわけではないのだ。
もし品質の悪い草を食べさせてしまえば、馬は力を出せず、病気になるかもしれない。
たとえ道端に生えている草が馬の食物として適した種類であったとしても、先にそこを通った馬に食べつくされてしまうから、結局はなにもかも用意することが必要になる。
それだけの物資を用意することは、いくらノルトハーフェン公国が経済的に豊かな国家であっても、無理なことだった。
しかし、鉄道ならば。
鉄道だって、開通させるためには多くの土木工事が必要で、列車を走らせるためには大量の機械や燃料、水などが必要で、それらを十分に供給するための設備投資が必要になる。
だがそれでも、何万頭もの馬を用意して、さらにその馬たちを養うための物資の調達までも考えると、鉄道の方が圧倒的に効率は良さそうだった。
鉄道はまさしく、産業革命の象徴のような存在だった。
様々な動力の利用によって生産を効率化し、大量生産が可能になった産業を支える、物流の基盤となり得るものだと、そう思える。
実際に列車に乗ってみると、その考えは、より強いものに変わって行った。
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「へぇ、意外と、車体の上はしっかりしてるんだな」
模擬線路の脇に設置された仮設のホームから客車の上に乗り込んだエドゥアルドは、トントン、と車両の床を足で軽くたたいて、その乗り心地を確かめていた。
「ほら、ルーシェ。
心配なさそうだから、お前も早く、乗ってみるといい」
それからエドゥアルドは、仮設ホームの上でオロオロとしていたルーシェに向かって、優しく手を差し出していた。
「うー、でもぉ……」
先にエドゥアルドが乗り込んで安全だということを示したのに、ルーシェはまだ列車に乗ることを迷っている様子だった。
蒸気機関車が走行している時は、ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねながら大はしゃぎしていたくせに、実際に乗れるとなるとどういうわけかおじけづいている。
「あのぅ、本当に、私でよろしいのでしょうか……? 」
どうやらルーシェは、エドゥアルドの同乗者が自分でいいのかと、気にしているらしい。
「いいんだ。
エーアリヒ準伯爵もヴィルヘルムも、シャルロッテもマーリアもゲオルクも、みんな、怖がって辞退してしまったんだから」
そんなルーシェに向かって、エドゥアルドは肩をすくめてみせる。
オズヴァルトのデモンストレーションを見て、人々は鉄道の可能性を理解したが、しかし、実際に自分が乗るのでは話が違う。
エドゥアルドだって少しは怖いのだが、鉄道が有用なものだという確信を持った以上、それを広めて人々に受け入れてもらうためには、自分自身が実際に乗って見せるのが一番だから、ここで乗らないわけにはいかなかった。
同乗者にルーシェを選んだのはあくまで消去法によってだ。
そのことをエドゥアルドが強調すると、ようやく決心がついたらしく、ルーシェはエドゥアルドの手を借りて列車に乗り込んだ。
そして、機関車が走り出す。
ガッチャンガッチャン、せわしない音を響かせてピストンを駆動させ、機関車は徐々に加速していく。
けっこう、スピード感があった。
速度はせいぜい人間が小走りする程度しか出ていないのだが、自分の足で走るのとはだいぶ感覚が違っている。
自分で手綱を握る乗りなれた馬とは違って、機械に勝手に運ばれていくという感覚は、どうにもなれないものだった。
エドゥアルドと一緒に席に腰かけていたルーシェも最初は怖がっていた。
だが、徐々にスピードに慣れて、列車の走行が安定してくると、初めてのものにたいする怖さよりも好奇心が勝ったらしい。
「わーっ、すごい、すごい!
エドゥアルドさま、機関車、とっても速いですよ! 」
「お、おい、危ないって! 」
興奮したルーシェはそう言って突然席から立ちあがったから、エドゥアルドも慌てて立ちあがって、彼女の肩を抑えなければならなかったほどだ。
客車には転落防止のための柵が取りつけられていたから、幸いなにごともなかった。
「エドゥアルドさま! きっと、線路をあちこちに引いて、機関車を走らせたら、すごく便利なのです!
荷物をたくさん、速く運べてしまいます!
それに、みんなで、あっちこっちに旅行に行けます! 」
エドゥアルドの心配などどこふく風で、自身の肩を抱きとめるようにしているエドゥアルドを振り向いたルーシェは、その濃い青の瞳をキラキラとさせながらそう言った。
そのはしゃぎぶりに内心で呆れつつ、ルーシェらしいなと嬉しくも思ったエドゥアルドは、楽しそうな笑みを浮かべながら彼女に約束する。
「なら、いつか鉄道をひいて、また、一緒に乗ろう。
これからも、ルーシェが見たことのないものをたくさん、見せてあげるから」
「わーいっ! 本当ですか!? エドゥアルドさまっ! 」
するとルーシェは大喜びして、エドゥアルドのことを信じ切った無邪気な笑顔を見せるのだった。