第417話:「2択か、あるいは:2」
第417話:「2択か、あるいは:2」
「ルーシェ殿。ちょっと、いいかの? 」
「はい~。コーヒーのお代わりでございますか? 」
視線を向けて来たクラウスがちょいちょいと手招きしながら呼ぶと、メイドはにこにことした笑顔でうなずく。
今日も自分のいれたコーヒーを美味しいと言ってもらえて幸せだなーなどと考えていそうな顔だった。
「ああ、いや、コーヒーではなくな」
コーヒーの入ったポットを手に近づいて来たルーシェに、クラウスはひらひらと手を振って見せる。
「お主、試しにフランツ殿を選択するメリットを考えてみてくれんか? 」
「……えっ?
あ、あの、おっしゃっている意味が……? 」
クラウスの言葉に、途端にメイドから笑顔が消え、戸惑った表情になる。
エドゥアルドとユリウスも、困惑してクラウスの方を見ている。
ここでルーシェにわざわざ意見を求めようというのも、次の皇帝にフランツを推すメリットを考えてみよというのも、おかしなことだとしか思えなかったからだ。
「のぅ、ユリウスに、エドゥアルド殿。
自分とは別の誰かと顔を突き合わせて、[議論]することの意味とは、なんじゃと思う? 」
そんな2人の若き公爵に、クラウスは教え諭す。
「それはな、自分とは異なる考え方、意見に触れることじゃ。
同じある問題について話し合う時に、自分から見えているものと、他人から見えているものは、往々にして大きく異なっておる。
そしてそれを知ることで、その問題についてより立体的に見ることができる。
自分1人では気づき得なかったことを発見することができるんじゃ。
今、ユリウスも、エドゥアルド殿も、同じ意見を述べたであろう?
つまり、今、2人は同じ位置から、同じようにこの問題を見ている、ということなんじゃ。
これでは、最初っから結論が決まっておる議論しかできん。
じゃから、メイド殿に、お主たちとは違った視点で物事を見てもらわねばならんのじゃ」
そのクラウスの説明に、エドゥアルドとユリウスは互いの顔を見つめ合っていた。
言われていることは、なんとなくだが理解することができる。
人の判断というモノは、それをする人物の生い立ち、すなわちそれまでの経験と身に着けた知識、そして性格や心情などが影響してなされるものだ。
まったく同じ情報を見たり聞いたりしたのに、まるで異なる感情を抱いたり、結論を導いたりすることがあるのは、この、判断を下す際の基準の差異にある。
エドゥアルドとユリウスは、開かれることが確定してしまった皇帝選挙において、ベネディクトとフランツ、どちらを支持するかで、同じ結論を導き出した。
ということはつまり、2人とも似通った思考をしているということだ。
これはそれだけ2人が近い立場におり、連帯し、共感しているということでもあるのだが、クラウスはそこからは新たな気づきや発見が得られないということを危惧していうらしい。
「その役割は、ワシが引き受けても良かったんじゃが」
納得しているような、いぶかしんでいるような、曖昧な表情を浮かべているエドゥアルドとユリウスの姿を眺めたクラウスは、少し説教臭い口調で言う。
「しかし、ワシが言うと、お主たちのことじゃ。
手放しでワシの意見に賛同してしまいそうじゃったからの。
頼りにされるのは嬉しいが、それでは、この先が思いやられるぞぃ」
その言葉に、エドゥアルドもユリウスも思わず顔をうつむけてしまう。
指摘された通り、クラウスがなにか方針なり意見なりを示せば、なんの異論も疑いもなくそれを受け入れてしまうかもしれないと、そう思って恥ずかしかったからだ。
無意識のうちに、[頼る]のではなく、クラウスに[依存]してしまっていたのかもしれないと気づかされたのだ。
「ええっと、ええっと……。
フランツさまを選ぶ、良いところ」
その間にも、ルーシェは一生懸命に考えている。
メイドにたずねることではないのでは、とは思うものの、それがエドゥアルドたちの役に立つのなら、と、彼女は真剣だった。
「なんでも良い。お主の思った通りに言うのじゃ」
悩んでいるルーシェに、クラウスは励ますように優しい声で言う。
「お主がなにを考えようと、結局のところ、判断するのはユリウスとエドゥアルド殿じゃ。
そなたはただ、2人がより良い判断をできるように、その材料を提供すればそれでよいのじゃ。
難しく考えることはない」
「エドゥアルドさまたちに、私が、材料を……」
クラウスの言葉を受けてそう呟くと、メイドはしばらく黙り込んだ。
そして考えがまとまったのか、顔をあげると彼女はその場にいる自分以外の3人をぐるりと見渡してから、口を開く。
「私なりに考えてみたのですが……、エドゥアルドさまも、ユリウスさまも、その方が戦争に勝てそうだからという理由で、ベネディクトさまを選ばれていらっしゃいましたが、そうとは限らないのではないかと思います。
確かにフランツさまは戦場で活躍をされたことはございませんが、必ずしも、兵隊さんたちを指揮する能力が高ければ戦争に勝てる、ということはないのではないのでしょうか」
「ほほぅ?
さ、続きを言うのじゃ」
そのルーシェの言葉を聞いたクラウスは、興味深そうな、感心した声を漏らすと、姿勢を正してソファに座り直し、真剣に続きを聞く体勢を取る。
そしてそれは、エドゥアルドもユリウスも同じだった。
2人とも意外そうな顔でルーシェのことを見つめながら、クラウスと同じように姿勢を正し、彼女の述べる意見を真面目に聞く体勢を取っている。
(あわわわ……っ! )
その様子にルーシェは慌て、恐れ、緊張で赤面する。
相手は小なりとはいえ現役の国家元首、元国家元首たちであり、毎日エドゥアルドの身の回りのことをこなしているだけのメイドの意見など、普通ならば聞いてもらえないはずの存在なのだ。
しかし、みな真剣な視線でこちらのことを見つめている。
ルーシェは一度口を開いてしまった以上は、今さらもう引き返すこともできないと覚悟を決め、手に持ったままのコーヒーポットを握る手に力をこめた。




