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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第416話:「2択か、あるいは:1」

第416話:「2択か、あるいは:1」


 メイドがやって来ると、緊張した雰囲気だった部屋が一気に和んだ。

 彼女が用意して持って来たコーヒーのかぐわしい香りが満ち、その味わいへの期待と心地よさでリラックスできた、というのもあるのだろうが、メイドが持つ雰囲気によるものでもあっただろう。


 ルーシェは、ただのメイドに過ぎない。

 しかし、彼女のアクのない純真で朗らかな性格は、政治という混沌に漬かって生きている者たちに、自身という存在が洗濯されるような感覚を与える。


 いろいろと嫌になること、うんざりすることに直面しながらも、エドゥアルドがなんとかノルトハーフェン公爵を続けていられるのも、ルーシェがいるおかげだった。


 それに、旅路を急いで来たユリウスには、これまでゆっくりと食事を楽しんでいる時間もなかった。

 こうしてソファに腰かけながらコーヒーの香りを楽しみ、期待以上の味わいに喜び、そしてルーシェがアルトクローネ公爵家から分けてもらって来たお茶菓子を口にすると、ずいぶんと癒された心地になって来る。


「さて、人心地もついたところで……。


 今後の我らの方針を、決めねばなるまいて」


 お代わりしたコーヒーを飲み干し、満足したような吐息を漏らしながら空になったカップを左手に持ったソーサーの上に戻したクラウスは、あらためてそう切り出した。


「ベネディクト殿と、フランツ殿。

 このどちらを、次の皇帝として支持するのか。

 ここでそれを決めておくのか。

 あるいは、決めずに様子を見るだけにするのか。


 盟友として、これからも友好関係を続けていく意思を互いに有している者同士、連携は緊密にしておきたいところじゃ」


「嫌な、不愉快な2択です」


 右手にまだコーヒーの入ったカップを持ち、その水面へ視線を下ろしつつ、エドゥアルドは呟くように言う。

 ここにいるのはみな知った仲であるし、ルーシェのコーヒーで緊張もほぐれているから、自然と彼も本音を口にできる。


 それから少年公爵は視線をあげると、クラウスへ、次いでユリウスへと、真剣な表情を向けた。


「ですが、僕としてはこの際……、ベネディクト殿を支持する他はないと思います」


「ほぅ? 貴殿、ベネディクト殿にあれほどの仕打ちをされ、しかも陛下の言葉を捏造ねつぞうするということまでされたのに、それでも支持をすると? 」


 エドゥアルドの言葉に、クラウスは鋭く双眸そうぼうを細めながら、口元にニヤリとした笑みを浮かべながら視線を向ける。

 なぜそう考えるのか。

 それを問いただすのと同時に、そうすることで少年公爵の能力や成長ぶりを試そうとでもいう風な表情だった。


 エドゥアルドはクラウスから向けられる視線に強いプレッシャーを感じ、思わず身体に力が入ってしまう。

 しかし、彼は自分に落ち着けと言い聞かせながら、理由を説明する。

 それは、現実的なものだった


「理由は、やはり軍事的な才覚です。

 フランツ殿は戦争を勝利に導くよりは、政治的な工作、調整を得意とされているお方ですから、今後、必ず向き合わなければならないアルエット共和国との戦いでは、頼りないかと」


「まぁ、順当に行けば、そうなるじゃろうの。

 ベネディクト殿もおそらくは周囲がそう考えるだろうと見込んで、今回のような暴挙に及んだのであろうしな」


 クラウスはひとまずエドゥアルドの理屈に理解を示しつつ、次いで、視線をユリウスの方へと向ける。

 まるで、次はお前の番じゃ、とでも言っているような、少年公爵に向けていたのと同じ相手を試す笑みを口元に浮かべている。

 どうやらクラウスは、エドゥアルドとユリウスの教官役を自認しているらしい。


わたくしとしても……、ベネディクト殿を推したいと思います」


 ユリウスは姿勢を正すと、まっすぐにクラウスを見つめながらそう答えた。


「確かに、ベネディクト殿にはわたくしの到着を待たずに話を進めた、怨恨はございます。


 しかし、エドゥアルド殿もおっしゃっておりますように、この際に問題となるのは、軍事的な才覚です。

 これまでの戦績から、フランツ殿にはそれが欠けているとしか思われません」


 そのユリウスの答えに、クラウスはなにも答えなかった。

 ただ彼は「ぅむぅ……」と悩ましそうにうなり声を漏らしながら両腕を組み、ソファに深々と腰かけて天井を仰ぎ見る。


「あの……、父上? 」


 その様子に、ユリウスが不安そうな顔をする。

 自分の意見がクラウスにとっては落第点だったのではないかと、そう心配しているのだろう。


「いや、ユリウスよ。

 別にお主の考えが悪いというわけではない。


 堅実な、無難な判断じゃとワシも思う」


 そんなユリウスに視線を向けたクラウスは、跡継ぎの不安を払しょくするような笑みを浮かべて見せる。


「ただ、つまらんなぁ、と思うての」


「つまらない? それは、どういう? 」


「そういう堅実策は、誰もが思いつくものじゃし、実際、この帝国の諸侯の大多数は同じようなことを考えるじゃろう。

 なんの物語性もない、平凡な答えじゃ。


 なにより、それではベネディクト殿の思惑通りにことが進んでしまうではないか。


 つまらんなぁ。

 まったく、つまらん」


「そんな、父上……」


 クラウスが自分の意見を喜んでいないのは、それがあまりにも堅実的過ぎて[おもしろくないから]だと知ったユリウスが、呆れたような、困ったような顔をしている。

 エドゥアルドも、クラウス殿らしいな、と内心で思いつつも、おもしろいかそうでないかで物事を決めるのはいかがなものかと、少し呆れた気持ちだった。


 クラウスはそんな若者たちの気持ちを感じ取りつつも、何食わぬ顔でいる。


「それに、ユリウスとエドゥアルド殿の意見がこのように一致してしまったら、ここで[議論]する意味がないではないか」


 そして彼はそう口の中で呟くと、その視線を、唐突にルーシェへと向けた。


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