第415話:「間に合わなかった公爵:2」
第415話:「間に合わなかった公爵:2」
まだ旅塵を落とせておらず、隠しきれない疲れをのぞかせてはいるものの規律を保ち姿勢を正して警備についていたオストヴィーゼ公国軍の兵士に取り次いでもらい、ユリウスの部屋に通されたエドゥアルドは、そこで驚き、呆気に取られて立ちすくんでしまっていた。
そこはエドゥアルドが使わせてもらっている部屋とほぼ同様の造りでなんとなく見覚えがあったし、ユリウスの姿も、兵士と同じように疲れは見えるが良く知ったものだった。
だが、ユリウスと一緒にいる人物は、まったくの予想外だった。
そこには前オストヴィーゼ公爵、クラウスの姿があったのだ。
「おう、エドゥアルド殿。
なにを呆けておるんじゃ。
こっちにいらして、盟友どうし、じっくり話し合おうではないか」
クラウスは正装で姿をあらわしたノルトハーフェン公爵の方へ顔を向けると、しわのある顔の中の双眸をにんまりと細め、人のよさそうな好々爺にしか見えない笑顔を浮かべながらそう言った。
エドゥアルドは緊張して、ゴクリ、と生唾を飲み込む。
クラウスは機嫌良さそうに見えたが、そんなはずはないと思うからだ。
前オストヴィーゼ公爵は、メイドのルーシェを間に挟んで、ノルトハーフェン公爵にユリウスが到着するまでの時間稼ぎを依頼していた。
だが、エドゥアルドはそれに失敗してしまっている。
ベネディクトの強引で卑劣な策謀があったからとはいえ、皇帝選挙の実施はユリウスが不在のまま決定されてしまい、オストヴィーゼ公爵家にとっては不愉快であるだけでなく、初動に後れを生じさせるという手痛い損失も受けている。
嫌味やお小言の1つや2つはあるだろうと覚悟してエドゥアルドはこの場に来ていた。
そしてしっかりと謝罪をし、今後も盟友関係を保ってもらえるように願うつもりでいたのだ。
だからこそ、彼はわざわざ正装に着替えてきている。
「ユリウス殿。クラウス殿。
今回のことは、なんとも申し上げようもなく……」
「そんな、謝罪などよい、よい」
エドゥアルドは覚悟を決めて頭を下げようとしたが、クラウスはユリウスの斜め向かい側に用意されたソファに腰かけたまま、ひらひらと手を振った。
「今回のこと、別にエドゥアルド殿の落ち度というわけでもなかろうて。
あのベネディクト殿が、これほど強引に、後ろ暗い方法でことを進めるなんぞ、誰にも、ワシにも予想もつかんかったことじゃ。
そう恐縮せず、腹を割って[今後]について話し合おうではないか」
そのクラウスの言葉を引き継ぎ、ユリウスが微笑みを浮かべながら言う。
「私としては、エドゥアルド殿には感謝したいくらいなのです。
私が到着するまで、なんとか時間を稼ごうとしていただいたこと、ありがたく思っております」
2人からそんな風に言われてしまうと、エドゥアルドも頭を下げる先を見失ってしまう。
それに、今後について話し合うことの方が、謝罪することにこだわっているよりもずっと建設的であることは明らかだった。
「かたじけない」
エドゥアルドは短い言葉でそう礼を言うと、ユリウスが「どうぞ、お座りください」と指し示したソファへと向かい、腰を下ろした。
ユリウスを正面に、クラウスを左側に見る形だ。
「まだこちらについたばかりで準備が整えられておらず、お茶もお出しできませぬが、ご容赦ください」
「いえ、ユリウス殿。お気になさらず。
なんなら、僕のメイドを呼びましょうか?
ルーシェはなかなかコーヒーをいれるのがうまいんです」
「おお、それはいいのぅ」
エドゥアルドの提案にクラウスがうなずく。
彼は以前、ルーシェの献身的な介抱を受けたこともあるから、すっかりメイドとしての彼女のもてなしを気に入っているのだろう。
「実は、ゴルトシュタットに入る手前で父上とは合流いたしまして。
馬車の中で、なにが起こったのかのかはご説明をいただき、すでに存じ上げております」
ベルを鳴らして使用人を呼び、ルーシェにコーヒーを準備して来てもらうように、というエドゥアルドからの指示を伝えると、ユリウスはさっそく本題に入った。
急ぎの長旅で疲れているのに違いなかったが、のんびりしていられる時間はないのだ。
「皇帝陛下の[事故]が、もしかすると本当に偶発的なものであった可能性があること。
そして、そのために双方が出し抜かれたと考え疑心暗鬼に陥り、盟約を結んでいたはずのベネディクト殿とフランツ殿が不和に陥っていたということ。
対立は表面化し、ベネディクト殿が強引な手法で、陛下の発言を捏造してまで、皇帝選挙の実施を決定すうのに至ったということ……」
「ほんに、ベネディクト殿はなにを考えておられるのやら」
ユリウスの説明にうなずいたクラウスは渋面を作り、困惑と呆れの入り混じった声を漏らした。
「このような強引な手法で、しかも、ユリウスだけではなくエドゥアルド殿まで疎外するようなやり方をするとはのぅ。
いくら皇帝という地位が欲しいからといって、あまりにも強引過ぎるというものじゃ。
もし、疎外された我らが結託して、フランツ殿に加勢することに決めたとしたら。
投票の結果なんぞ、大きく変わってしまうぞぃ。
ベネディクト殿とて、我がオストヴィーゼ公国とノルトハーフェン公国が盟友関係にあることは、知っておったはずじゃが」
「なにか、僕たちを切り崩し、味方につけることのできる計画がおありなのかもしれません。
あるいは、こちらのことを甘く見た、慢心でしょうか」
エドゥアルドは自身が口にした可能性を両方ともありそうだと思っていた。
ベネディクトはエドゥアルドとユリウスをないがしろにしても、その後の条件次第で味方につけることができるだろうと考えているかもしれないし、若輩者になにができるモノかと侮っている可能性もある。
「にしても、のぅ……。
イマイチ、策としては粗が目立つわい」
クラウスは「自分ならこんなことはしない」と言いたそうな口調で天井を見上げる。
部屋の扉が丁寧にノックされたのは、その時だった。
「あの、エドゥアルドさま。
コーヒーをお持ちいたしましたが、ご用意をさせていただいてもよろしいでしょうか? 」
どうやらルーシェが支度を整え、やって来た様子だった。




