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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第414話:「間に合わなかった公爵:1」

第414話:「間に合わなかった公爵:1」


 貴族中心の社会には、いろいろと後ろ暗い[秘密]がつきまとうものだ。

 その典型的な例は後継者を巡る、静かで激しい対立であり、貴族が積み重ねてきた歴史の中には、闇に葬られた様々な[策謀]が折り重なって、地層を形作っている。


 地層というのは、普通、掘り返して見なければ、どうなっているのかはわからない。

 なにがあったのかを知らない者たちから見えるのは、きれいに、なだらかに突き固められた地表だけだ。


 ベネディクトが行ったことも、おそらくは地層となって埋もれ、表ざたにならないことであるのに違いなかった。

 そこになにかがあると知っている者でなければ、地面をわざわざ掘り返してみようとすることは少なかったし、ベネディクトが巧妙に地表をならして、真実を地中の奥底へと埋没させようとするからだ。


 アルトクローネ公国には、一時的に、タウゼント帝国に5人いる被選帝侯の内、4人までが集まった。

 しかし、その人数はすぐに2人だけに減った。


 ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト。

 ズィンゲンガルテン公爵・フランツ。


 次期皇帝選挙の有力候補と見られている2人は、皇帝選挙の実施が既成事実化されてしまうと、急いで自身の領国へと帰って行ったのだ。


 その目的は、皇帝選挙でより多くの得票を獲得するための、政治工作を行うためだ。


 情勢としては、おそらくはベネディクトに圧倒的に有利であるはずだった。

 対立候補であるフランツの領地はサーベト帝国との戦争で荒廃しており力がなく、投票権を持つ諸侯たちを取り込む、魅力的な利益を提示することが難しい。


 加えて、次の皇帝に求められるのは、なにを置いても軍事的な才覚であると見られている。


 まだ速報がようやく公爵たちに届いた、という程度ではあったが、人々は徐々にアルエット共和国軍が軍事行動を起こしたということを知っていくだろうし、皇帝選挙を実施することを知らせる布告と共に各地にばらまかれた文章に書かれた[昨今の国際情勢の緊迫]とはまさに、共和国軍によるバ・メール王国への攻撃に他ならない。


 フランツは、政治工作や駆け引きは得意だった。

 ズィンゲンガルテン公爵家というのは、元々そういう家系なのだ。

 彼とその一族は婚姻政策を巧みに利用して勢力を広げ、強力な縁者を数多く確保することで、自身の立場を確固としたものにして来た。


 だが、軍事、というとパッとしたところがない。

 一昨年のアルエット共和国への侵攻戦争では、その勝敗を決することとなったラパン・トルチェの会戦においてズィンゲンガルテン公国軍は真っ先に敗走し、壊滅的な打撃を受けている。

 そしてそのダメージがあったとはいえ、先年にはサーベト帝国による侵攻を受け、なすすべもなく首都であるヴェーゼンシュタットを包囲されて、防衛に失敗した領内は荒廃し民は困窮した。


 そんな有様だから、フランツを皇帝に戴いたとしても、共和国軍から帝国を守りきれるかどうかは不安が残ると言わざるを得なかった。


 その点、ベネディクトは有利だ。

 ヴェストヘルゼン公国軍は元々、タウゼント帝国の中では精強な軍団として知られており、兵の質が高いことで知られている。

 それは峻険しゅんけんな地形に住んでいることから自然とその体力が養われ、かつ、鉱業以外には目立った産業がない地域で生き抜いていくためには、そのわずかな生きるかてを死守する力が必要だったからだと言われている。


 加えて、その武断的な性格。

 これまでの戦いにおいてベネディクトが決定的な活躍を見せたことがあるかないかと言えば、ないのだが、彼はまだフランツのような目立つ失敗はしていない。

 そのために、彼ならば、と期待する者は多くなるはずだった。


 それでも、両公爵とも政治工作に余念がなく、一切の手抜きがなかった。

 フランツは自身の不利を承知しているがなんとかその状況をひっくり返そうと考えていたし、ベネディクトはそのライバルの抵抗を叩きのめし、自身の勝利を確実にしようとしていた。


 だからこそ、2人とも皇帝選挙の実施が決められたその翌日にはアルトクローネ公爵家の居城を離れ、それぞれの祖国へと戻って行ったのだ。


 政治抗争を戦い抜くために。


 ノルトハーフェン公爵、エドゥアルドは違った。

 彼はそのまま残った。


 皇帝選挙に向けて、彼も動かなければならないはずだった。

 祖国を出る前にできるだけの準備は整えて来たつもりだったが、状況は刻一刻と変化しているし、その中で自国の国益を守り最大限その立場を強化するためには、出先ではなくやはり自国にいる方がやりやすい。


 しかし、エドゥアルドは待つつもりだった。


 自身にとっての盟友であり、義兄でもあるオストヴィーゼ公爵・ユリウス。

 少年公爵は、クラウスから依頼されていたにも関わらずベネディクトの策謀を阻止できず、ユリウスの到着を待つことができなかったことの経緯を説明し、謝罪し、そして、盟友として、今後の方針について話し合って連携しておきたかったのだ。


 ユリウスの到着が遅れていたのは、彼の責任ではなかった。


 ただ、彼の祖国、オストヴィーゼ公国から、アルトクローネ公国までの距離が、もっとも遠かったから。

 そのために時間がかかってしまっただけだ。


 彼が到着したのは、皇帝選挙の実施が決まってから3日も経過してのことだった。


 大急ぎでやって来たのだろう。

 ユリウスの一行はみな旅塵りょじんにまみれ、酷使されて来た馬たちは疲れ果てた様子で息も絶え絶え、落伍者もいる様子だった。


 その到着が知らされると、エドゥアルドは険しい表情でうなずいて立ち上がる。

 ルーシェに手伝ってもらいながらすぐに正装に着替えると、彼は、ユリウスが案内された部屋に向かって行った。


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