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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第413話:「卑怯なやり方:4」

第413話:「卑怯なやり方:4」


 ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクト。

 彼のやり方は、あまりにも卑劣であると言ってよかった。


 エドゥアルドが席を立った隙を狙い、自身の腹心であるリヒター準男爵と共にデニス公爵をやり込め、3人の公爵がいる場で2人の公爵の賛同を得て、無理やり[多数派]を確保して皇帝選挙の実施を決めてしまった。

 しかも、彼はタウゼント帝国の皇帝、カール11世の言葉までも捏造ねつぞうし、皇帝選挙を実施する許可を得た、などと言うのだ。


 ベネディクトはカール11世から直接、裁可を得たのだとしている。

 だがそれは、まず間違いなくデタラメだった。

 なぜなら皇帝は未だに目を覚ます気配はなく、多くの医師たちによる手厚い治療を受けながらも、眠り続けているからだ。


 そもそも、皇帝が意識を取り戻しそうにないからこそ、この場に5人の被選帝侯、公爵たちを集結させ、今後の方針を話し合おうとしていたのだ。

 皇帝選挙を実施しなければならないというベネディクトの主張だって、カール11世が目覚めない、という前提に立っている。


 それなのに、皇帝から許可を得たなどと。

 矛盾している。


 しかし、その点を指摘したところで、誰もベネディクトのしたことを立証することができなかった。

 なぜなら、彼は自分以外の人間を締め出し、皇帝と2人だけの密室を作り、その場でコトを成したからだ。


 捏造ねつぞうだというのなら、その証拠を出せ。

 そんな風に居直られたら、残念ながらなすすべがなかった。


 誰も、それが[真実]だと証明することができない。

 いわゆる悪魔の証明というモノで、互いの主張を肯定することも否定することもできず、それこそ水掛け論に陥るだけだった。


 なによりも性質の悪いことは、皇帝の発言を捏造ねつぞうという大罪を犯したかもしれない(残念ながら証拠がないためそうとしか言えない)ベネディクトは、[社会的な信用]というものを持った人間だった。


 エドゥアルドは公爵としての実権を手にしてから様々なことを学んできたが、人は、誰からそのことを聞いたかで真実か否かを判断する、ということもその1つだった。

 それを少年公爵は、自身が査問会にかけられていた時に、前オストヴィーゼ公爵・クラウスから学んだ。


 この人が言うことであれば、間違いないのだろう。

 人々はそれぞれが抱いていた信用度にのっとって、断片的な情報から判断を下している。


 ベネディクトは、タウゼント帝国で5人しかいない公爵の1人だった。

 帝国を構成する有力な諸侯で、その名を知らない者の方が少ない人物だ。


 そして彼は、剛直な人柄で知られていた。

 峻険な山脈地帯を領地とするヴェストヘルゼン公国の環境がそうさせたのかベネディクトは武断的な気風を持ち、有言実行するという評判で知られている。


 エドゥアルドからすれば、そのベネディクトへの評価は、[今までは]という言葉をつけなければならない。

 だが、今日、ここで、剛直であるはずの人物が成したことを知らない人々にとっては、そんなことはわからない。

 以前から知られていた評判だけで、人々はベネディクトの主張が信じるに値するかどうかを判断するのだ。


 加えて、人々はその発言をするものが相応の立場にいる者であればあるほど、無意識のうちにその言葉を信じてしまう傾向がある。

 それは、[あれほどの重責を担っている方なのだから、滅多な発言はなさあないだろう]という、勝手な期待、思い込みから生じる傾向だ。


 もちろん、それとは逆に、無意識に否定的にとらえてしまうパターンもある。

 だが、剛直な人という前評判があるだけに、ベネディクトの主張はおそらく、信じる者の方が多くなるのに違いなかった。


 こんな卑怯なやり方が、通ってしまうのか。

 エドゥアルドは悔しくてたまらなかったが、しかし、今さら止めることもできなかった。


 皇帝の裁可を得て、皇帝選挙を実施する。

 ベネディクト、そしてデニスの連名を持って、その布告は帝国中に発せられることとなった。


 その布告はカール11世の秘書官によって代筆され、皇帝のみが押すことのできる玉璽による捺印なついんこそなかったものの、帝国の公式文章として発行され、その決定に至るまでの経緯を記した文章と組み合わされて、タウゼント帝国中に送り届けられた。


 様々な虚構と、一部の真実が入り混じった文章だ。

 それは皇帝がシュピーゲル湖で遊覧中に不慮の事故に遭ったこと、命は助かったが高齢のために全快は望めないこと、そして昨今の緊迫した国際情勢を受けて、皇帝として十分に働けない自分ではなく、新たな皇帝を立てるべきであると決断したということ。


 カール11世が事故に遭い、全快が望めないというのは、まったくもって正しかった。

 医師たちの懸命な治療にもかかわらず、皇帝は未だに目を覚ましそうにない。

 国際情勢が緊迫しているというのも、本当だ。


 しかし、皇帝の病状は悪く、意識不明のまま。

 彼自身で皇帝選挙の実施を決められるはずなどない。


 国家元首の病状は、最高機密だった。

 だからほとんどの人々は、その事実については知らない。

 そのために、ベネディクトの卑劣な企みによって発行されたこの文章にある違和感に気がつくことができた者は、少なかった。


 諸侯の中にはもちろん、おかしいと思う者もいた。

 平民はともかく、貴族たちの中には皇帝が意識不明であるという病状を知っている者は相当数いたし、それを考えてみればカール11世が皇帝選挙の実施を決められるはずがないと気がつく。


 しかし、その違和感を突き詰めようとする者は、少なかった。

 なぜなら、その文章にはベネディクトとデニスの連名が成されており、帝国の有力諸侯の名で、その内容が[保証]されていたからだ。


 公爵が証人なのだから。

 この文章に書いてあることも、本当であるのに違いない。


 社会的信用が悪用される形で、皇帝選挙を実施するという決定は、人々に受け入れられていくことになった。


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