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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第410話:「卑怯なやり方:1」

第410話:「卑怯なやり方:1」


 ヴィルヘルム・プロフェート。

 彼は最初、エドゥアルドの家庭教師としてあらわれ、その後、少年公爵にとってもっとも信頼のおける臣下の1人となった。


 その最大の功績は、少年公爵が幽閉同然に暮らしていたシュペルリング・ヴィラが簒奪さんだつ者たちによって襲撃され、それを撃退したのち、すぐに手勢を率いてヴァイスシュネーへと進軍せよと、そう提案したことだった。

 ヴィルヘルムはこの襲撃が簒奪さんだつ者たちの間の不和によって引き起こされたことであり、今、その瞬間に敵の中枢を襲えば、100名程度の手勢しかなかった当時のエドゥアルドでもノルトハーフェン公国の実権を掌握することができると見抜いていたのだ。


 彼の進言のおかげで、エドゥアルドは今の立場を手にすることができた。


 そんなヴィルヘルムは、常に柔和な笑みを浮かべている。

 それは彼の、未だに詳細にならない複雑な来歴のために身についたクセであり、その本心を巧みに隠し通す[仮面]の役割を果たすものだった。


 その仮面が、剥がれ落ちた。

 今、エドゥアルドの前に立っているヴィルヘルムは、心底から事態を憂慮している者の表情を浮かべている。


「いったいどいうことなのだ? ヴィルヘルム殿」


 少年公爵は初めて目にしたブレーンの焦りに驚き、きょとんとした顔のままたずね返していた。

 コーヒーの準備をしていたメイドもその手を止め、びっくりして双眸そうぼうを見開きながら長身のヴィルヘルムを見上げている。


「アルトクローネ公爵家の方から、なにが起こったのかはおうかがいしました」


 ヴィルヘルムは説明するのももどかしいといった様子だったが、それをしないことにはなにも始まらないとわかっているのか、できるだけ感情を抑えた声で答える。


「これほど事態が急変してしまった以上、以前より皇帝位を望んでいたベネディクト様とフランツ様のいずれかが動いたはずでございます。

 おそらくは、皇帝選挙を実施するべきだという声が上がっていたのではないでしょうか? 推測ですが、ベネディクト様の方が動かれたのではないかと」


「あ、ああ。その通りだ」


 その場にいなかったはずなのに正確に状況を言い当てた知略に感心するエドゥアルドに、ヴィルヘルムは早口で言葉を続ける。


「そして、フランツ様が反対をなされていたのですよね?

 クラウス様との約束もおありですし、それに公爵殿下も、デニス様も同調なされていた」


「う、うむ、それで間違いない」


「つまり、1対3であったのが、今は1対2となっているということでございましょう。

 ここで問題となって来るのが、デニス公爵の性格です」


「デニス殿の、性格? 」


「そうです。

 デニス様はなにごとにも慎重で、人の意見を聞きながら判断を下される、そういうお人柄でございます。

 なにごとも、自分の意見を押し通すということをなさいません」


「それのなにが、問題なのだ?」


「言いかえれば気の弱い、周りの強い意見に流されやすいお方なのです」


 そこまで聞いて、エドゥアルドにもなんとなく、ヴィルヘルムが危惧していることが分かって来た。

 少年公爵がコーヒーを楽しんでいる間に、ベネディクトによってデニスが説得され、そのまま皇帝選挙の実施が決まってしまうことを心配しているのだろう。


「しかし、ヴィルヘルム殿。

 貴殿が言う通り、1対2。

 皇帝選挙の実施に反対の立場の者が多いのだ。


 いくらデニス公爵が人の意見を過度に気になさるところがあるからといって、そうそう覆るはずがないのではないか? 」


「いいえ、公爵殿下。

 1対2、と申し上げましたが、それは、その場にいる[公爵]の数だけを見れば、でございます。


 今、あの夕食会の部屋には、もう1人、人物がいらっしゃいます」


「……あっ! 」


 そこまで言われて、エドゥアルドは思い出していた。

 早馬を飛ばして共和国軍の軍事行動が始まったことを知らせに来た、リヒター準男爵の存在に。

 彼が、皇帝選挙を実施するべきだと強く主張しているベネディクトの、臣下であるということに。


 デニス公爵は、気が弱いところがある。

 それは、凡庸と言われる父、カール11世の気質を継承した自身もまた凡庸な公爵であるということを自覚しているためだ。

 そのために自分に自信がなく、意見を貫くということができない。


 まして、今あの夕食会の席で話し合われているのは、アルエット共和国が50万もの大軍を動員して起こした軍事行動という、緊急事態を受けての内容だ。

 ベネディクトとリヒターがタッグを組み、その緊急性を声高に主張し、圧力をかけ、威圧し、揺さぶったとしたら、本来であれば皇帝選挙の実施には慎重な立場であったデニスが切り崩されてもおかしくはない。


(だが、まさか僕やユリウス殿抜きで決めるなどと……)


 エドゥアルドは一瞬だけそう思った。


 夕食会の場に残っている公爵は、3人。

 確かにその内の2人が皇帝選挙の実施に賛同すれば多数派を占めることができたが、タウゼント帝国には5人の公爵がいる。

 その内の2人が賛成しただけでは、過半数は名乗れない。


 しかし少年公爵がすぐにその考えを打ち消したのは、ベネディクトがそもそも、[この場にいないユリウス」を抜きにして物事を決定してしまおうとしていたのを思い出したからだった。


 たとえ同じ建物の敷地内にいるのだとしても。

 国家の命運を決める重要な議論の場にいないのならば、ユリウスと同じように無視してしまおうと考えても、おかしくはないのではないか。


 なぜなら、そうして皇帝選挙を実施することを強行してしまえば、ベネディクトが次の皇帝になる可能性がもっとも高いからだ。


 エドゥアルドは、ベネディクトが皇帝位に強い執念を燃やしていることは良く知っている。

 だからこそ、そうなる可能性を笑いごとだと軽く見ることができなかった。


「すぐに、戻る! 」


 ヴィルヘルムの危惧を理解したエドゥアルドは血相を変え、急いで立ち上がっていた。


 だが、すでになにもかもが、手遅れだった。


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