表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

409/535

第407話:「共和国、動く:2」

第407話:「共和国、動く:2」


 執事の報告を聞き始めた時、最初、公爵たちはみなほっとした様子を見せていた。


 アルエット共和国の軍事行動が開始されたのが、1週間前。

 それは、情報伝達が早馬などを利用した手段に限られる現状としては、十分に迅速に情報が到着したことを意味しているものだ。

 加えて、共和国の矛先がタウゼント帝国ではなく、ひとまずバ・メール王国へと向けられたことも、公爵たちの表情を明るいものにしていた。


 しかし、共和国軍が50万もの兵力を動員したことを知ると、顔色が変わった。


「ごっ、50万だとっ!?

 我がタウゼント帝国の総兵力を、上回る数ではないか!? 」


 そう叫びながら立ち上がったのは、フランツだった。

 衝撃で、ついさっきお代わりを注がれたばかりのコーヒーカップが倒れ、中身が盛大に飛び散り、真っ白なテーブルクロスがこげ茶色に染まっていく。


「誤報ではないのか? 」


 そう確認するベネディクトの声は幾分か冷静なものだったが、驚愕きょうがくの気配は色濃く感じられ、双眸そうぼうも大きく見開かれている。


「そ、そのぅ、わたくしからは、なんとも」


 公爵たちの驚く姿を目にした執事は苦しそうに声を絞り出し、再びハンカチで冷や汗をぬぐった。


「ただ、これは、ヴェストヘルゼン公国からお越しの、リヒター準男爵様からの報告でございますれば、信用なさってもよろしいのではないかと」


「なに? リヒターが直接、ここまでやって来たのか? 」


 その言葉に、ベネディクトはあらためて驚きつつも、少し嬉しそうな声をらす。



「リヒター準男爵とは、我が家臣だ。

 口数は少ないが実直な男で、戦場に立っては驚くほど勇敢、指揮をさせれば実にうまく兵を進退させる。

 我が腹心と頼み、ワシに代わって領国の防衛の指揮をとらせていた者だ」


 リヒター準男爵とはいったい何者なのか。

 そう公爵たちに視線で問いかけられたベネディクトはそう答えると、それから、執事に命じた。


「リヒター準男爵が来ているというのなら、この場にすぐに呼び出してくれ。

 その方が、話しが早い」


────────────────────────────────────────


 執事が恐縮しながら退出すると、ほどなくして、ベネディクトの腹心であり、公爵不在の間の領地の防衛を任されるほどに信頼されているというリヒター準男爵が姿をあらわした。


 年齢は、37歳。

 短く切りそろえた金髪と、切り立った岩山のように鋭く断固とした印象を与える碧眼の双眸そうぼうを持つ。

 軍事部門の重責にあるだけでなく実戦の指揮も取る者のようで、その身体つきは筋肉質で引き締まっており、軍服姿がよく似合う。


「お召しにより、参上いたしました。

 グランツ・フォン・リヒター準男爵でございます」


 リヒターは公爵たちの前で敬礼をすると、低い、よく通る声でそう名乗った。


「緊急事態ゆえ、儀礼は気にせずとも良い。

 共和国軍の詳しい状況を、我らに報告せよ」


「はっ。それでは、さっそく……」


 自分の家臣だからということでベネディクトがうながすと、リヒターはうなずき、軍人らしく歯切れの良い声で、簡潔な言葉づかいで、現在つかんでいる状況について報告を始める。


 1週間前、アルエット共和国は軍事行動を開始した。

 その矛先は、バ・メール王国。

 一昨年にバ・メール王国軍によって占領された国境地帯の要塞を奪還するべく、大軍を持って包囲し、猛攻をしかけて来た。


 そしてその状況をヴェストヘルゼン公国の諜報網がつかみ、第一報が知らされ、ことの重大さからリヒターが直接、ベネディクトに指示を仰ぐために早馬を飛ばして来たのだという。


「敵軍50万というのは、その総兵力でございます。

 バ・メール王国軍が支配している要塞を攻撃しているのは、およそ20万の兵力。


 しかし、その後方には30万の兵力が控えている、ということでございます」


 リヒターからのその報告を聞くと、公爵たちは少しだけほっとした顔をした。

 だが、その表情が晴れやかになったわけではない。


 前線に展開している共和国軍の兵力、20万というのはまだ常識の範囲内であり、それだけなら対応のしようはあったが、その総兵力が50万というのは、これまでに聞いたこともない途方もない数だったからだ。


 この時代の常識から言って、1つの戦場に差し向けることができる兵力というのは、数万程度。条件を整えてやればなんとか20万というのが、常識だった。


 1つの戦場に大きな兵力を集中できないのは、その兵力を養うために必要な補給ができなくなるからだ。

 前線に物資を送り届けるためには、輸送隊を組織し、馬車に長蛇の列を連ねさせて輸送を途切れることなく実施しなければならない。

 そのために使うことができる道路は限られているため、物資を多く供給しようと馬車の数を増やしても1度に通過できる馬車の数までは増やせない。


だから、補給能力にはどうしても限界が生じて来る。

 まして、補給を実施する部隊にも、円滑に輸送を継続できるように補給をしてやらなければならないのだ。

 ある程度は現地の人々から買うなり挑発するなり、最悪略奪すれば間に合うのだが、それだって限度はある。


 その補給の問題に直面した結果、タウゼント帝国軍がアルエット共和国軍に敗北することになったのは、この場にいる誰もが教訓として心の内にとどめていることだった。


 前線に展開している共和国軍の規模が20万という大軍であっても、公爵たちの常識の内にあることは、確かに安心材料ではあった。

 実際に戦うことになっても、様々な準備は必要となるが自分たちもほぼ同等の兵力を戦場に展開できると考えられるからだ。


 ならば、少なくとも対等な条件で戦うことができる。


 しかし、その後方には、30万もの兵力が控えている。

 おそらく補給の負担が1か所に集中しないように複数の地域にまたがって配置されているのに違いなかったが、それでも総兵力は50万にもなる。


 それは、タウゼント帝国がかき集められる総兵力、40万よりも大きかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ