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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第405話:「夕食会:4」

第405話:「夕食会:4」


 皇帝が意識不明のまま目を覚まさない以上、皇帝選挙を実施するべきではないのか。


(来たか)


 ベネディクトのその言葉を聞いた瞬間、エドゥアルドは自身の手を強く握り、両足に力をこめて踏ん張りながら、唇を引き結んでいた。


 ベネディクトの言うことにも、一定の正しさがあることは認めなければならない。

 今のところ表面化してはいないが、タウゼント帝国は皇帝の容態を巡って混迷を深めつつあり、誰もが不安を抱き、騒乱の到来を予感して恐怖している。

 それだけではなく、外にはアルエット共和国という、おそらくは対立が不可避の敵対国家が存在しているのだ。


 早急に新しい指導者を決定し、民心を安定させ、他国に対しつけ入る隙がるところを見せないようにする必要がある。

 そのためには、皇帝選挙は実施しなければならないことだ。


 しかし、エドゥアルドはそのベネディクトの言葉に、賛同できなかった。

 それは感情面からの理由、政争に明け暮れ、民衆を軽蔑し、エドゥアルドのことならまだしも皇帝を排除しようなどという陰謀を巡らせるような人物たちに、この国家のトップに立って欲しくない、というものもある。


 なによりも、現状で皇帝選挙を実施すれば、決定的な対立が生じる恐れもあるからだ。


 ━━━内戦。

 そんな言葉が、頭をよぎる。


 今皇帝選挙を実施すれば、有力候補と見られている2人、ベネディクト公爵かフランツ公爵のどちらかが選ばれるだろう。

 しかし、この2人は互いに、相手こそが皇帝を暗殺しようとしたのだと疑い、強い不信感を抱いている。


 そんな状態で、たとえどちらかが皇帝に選ばれたとしても。

 選ばれなかった方はその結果に到底、納得などしないだろう。


 そうなれば、場合によっては軍事力を用いた対立に至ってもおかしくはない。

 同じタウゼント帝国という国家に所属する諸侯が2つの派閥に分かれて、戦うことになりかねないのだ。


 内戦に至ったという例は、タウゼント帝国の長い歴史の中で確かにあった。

 今でも人々の間にうっすらと記憶されている物だけでも3回、すでに人々の記憶からは忘却されてしまって歴史書にのみ辛うじて記録されている物を含めれば、7回。

 直接的な軍事衝突に至ったものだけでもそれだけの数があり、その寸前まで至った例はもっと多いのだ。


 5つの選帝侯が持ち回りで皇帝位を受け継いでいくという制度には、1つの系統にのみ継承権を定めることでその系統が途絶えたり問題が生じたりした際に国家が解体してしまうという問題を解決し、かつ、5つの有力な諸侯によってしっかりと皇帝を支え、国家の体制を安定させるという狙いがあった。

 そしてその機能のおかげで、タウゼント帝国は1000年以上もの歴史を重ねてくることができた。


 だが、かといってその制度は決して、完璧なものなどではないのだ。


 それにエドゥアルドには、クラウスから頼まれた、オストヴィーゼ公爵・ユリウスが到着するまではなにも決めないで欲しいという要望に応えたいという気持ちもあった。

 クラウスには査問を受けた際に大きく助けられており、その恩返しもしたいのだ。


 だからエドゥアルドは、ベネディクトの提案になにも答えず、沈黙することを選んだ。

 ヴィルヘルムに言われていた通り、態度を曖昧にし、なんとか時間を稼ぐつもりだった。


 沈黙したのは、エドゥアルドだけではなかった。

 ベネディクトと並ぶ有力な皇帝候補、フランツも黙っていたし、デニスも一言も発しない。


 みな、それぞれの思惑を抱えているのに違いない。

 そしてそれゆえに、沈黙を選ぶ。


「デニス殿は、どのように思われるのか? 」


 やがて誰も反応を示さないことに待ちきれなくなったのか、ベネディクトは名指しで発言を求め始めた。


「わ、わたくしで、ございますか? 」


 唐突に呼ばれたデニスは、ビクン、と肩を震わし、愛想笑いを作った顔の額に冷や汗を浮かべながら、怯え、戸惑っている声を漏らす。


 デニスは元々、小心な性格なのだ。

 自分が父親に似て凡庸な人間であることは彼自身が誰よりもよく承知していたし、それゆえに何事も無難に、様子を見ながら進めていく癖が身についている。


 そしてベネディクトが真っ先に声をかけたのも、そのデニスの性格ゆえだった。


「そうだ。

 そもそもここに我ら公爵を呼んだのは、その点をこそ、話し合って方針を決めるためではないのか? 」


 ベネディクトは険しい表情でデニスを睨みながら、厳めしい声で返答を迫る。

 するとデニスは困り果て、どもりながら意味をなさない声を何度も漏らし、助けを求めて視線をさまよわせる。


「ベネディクト殿。そう焦ることもあるまい」


 そう言ったのは、フランツだった。

 彼は優雅に見える仕草でコーヒーを飲み干し、カップをソーサーに戻しながら、決してベネディクトの方を見ようとせずに言葉を続ける。


「皇帝陛下は、確かに意識不明のままであらせられる。

 しかしながら、まだ、完全に回復の可能性がなくなったわけでもない。


 そうなのであろう? デニス殿」


「……は、はいっ。医師たちの申すところによりますれば、望みはあるだろう、と」


 フランツから突然に言葉を向けられたデニスは、反射的にそう答える。

 おそらく、彼は完全にパニック状態にあり、もう頭が真っ白になってしまっているのだろう。


「ならば、いましばらく様子を見るべきではないのか?

 陛下がお目覚めになられてから、皇帝の地位を狙った不届き者とそしられるのは避けたいところだ」


「……エドゥアルド殿は、いかように考えておられるのか? 」


 フランツの言葉にベネディクトは苦々しい顔をし、そのまま、険しい視線をエドゥアルドへと向ける。


 ここでベネディクトに恩を売っておけば後々いろいろ有利になるかもしれない。

 そんなことがエドゥアルドの脳裏をよぎったが、少年公爵はすぐにそんな浅知恵は忘却し、冷静な態度を作る。


わたくしとしても、時期尚早であるかと思います。

 フランツ殿のおっしゃる通り、陛下は未だご存命であらせられますし、なにより、この場にはまだ公爵が1人、おいでではありません。


 せめて、ユリウス殿がご到着されるまで、待つべきではないでしょうか? 」



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