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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第404話:「夕食会:3」

第404話:「夕食会:3」


 夕食会は、ギスギスとした居心地の悪い雰囲気のまま始まった。

 張り詰めたとげとげしい雰囲気に脅え、おどおどとしているデニスの、裏返った声の挨拶あいさつから始まり、アルトクローネ公爵家の使用人たちが次々と料理を運び込んで来る。


 この夕食会は、いわゆる[昔ながら]のやり方だった。

 4人の公爵たちが囲むテーブルに大皿で様々な料理が並べられ、そこから好きなように小皿にとって食べる。


 ノルトハーフェン公爵家の食事はアルエット共和国から影響を受けたものとなっているから、こうしたもてなしの席ではコース料理を出す場合が多い。

 それなのでエドゥアルドにはこのタウゼント帝国の伝統的な会食方法は馴染みがなく、新鮮なものに思えた。


(苦手だな、こういうの)


 だが、息苦しさを感じざるを得ない。

 自由に食べたいものを選び、好きなだけ食べられるというのは楽しいことのはずなのだが、同席しているのがベネディクトとフランツなのだ。

 2人の間の険悪な雰囲気のせいで、少しも楽しい気分にはならないし、2人の様子がどうしても意識されて食事の味もわからない。


「さ、さぁ、こ、こちらの料理を。わたくしが取り分けさせていただきました。

 ど、どうぞ、お召し上がりくださいませ。

 我が領地にて得られた、し、鹿肉のワイン煮込みでございます」


 デニスはなんとか場を盛り上げようと、震えるうわずった声で必死に主催者としてのもてなしをしようとする。

 だが、声だけではなく、取り分けた肉料理を差し出すその手も、震えている。


 タウゼント帝国の伝統的な会食で出されるメインの料理は、大抵、肉料理だった。

 というのは、肉は特別なことでもなければ口にできない、貴重なご馳走であった時代の名残で、客人をもてなすための料理と言えば肉料理と相場が決まっているからだ。


 特に牛や鹿の肉が好んで出さされるが、鴨などの肉も出されるし、もちろん羊や豚の肉も出される。

 料理に使われている肉が手に入りにくい希少なモノであればあるほど珍重され、喜ばれる。


 時代が変わり、食料の生産効率が改善して来た今となっては、昔ほど肉は貴重なものではなくなってはいるが、それでもご馳走と言えば肉、と誰もが口をそろえる状況は変わっていない。


 そして、これらの肉料理を、客人たちに[公平に]取り分けることも、主催者に求められることだった。


 というのは、肉が今よりもずっと貴重であった頃は、肉を公平に取り分けるということ自体が[器量]と見られていたからだ。

 招いた客人や臣下たちに肉を公平に分配するということは、その者たちにどう利益を分配するかという、統治者としての力量を示すものと考えられていたのだ。


 同じ公爵と言っても、デニスは小心なところがあり、しかも、彼が統治している領地は、タウゼント帝国に存在する5つの公国の中でもっとも国力の小さなものだった。

 帝国が建国されたころは豊富な金が取れ、豊かだったのだが、その天然資源が枯渇してしまった今となっては、風光明媚な景色だけが取り柄だとさえ言える場所になってしまっている。


 タウゼント帝国に古くから根づいて来た風習、そして自分は相手よりも弱いという自覚が、デニスの手を震えさせているのだろう。


 ベネディクトとフランツは、取り分けられた肉について文句を言うことはなかった。

 しかし、受け取る際のその態度は、尊大なものだった。

 2人ともデニスになにも言わず、無造作に肉料理が盛りつけられた皿を受け取って、そのまま食べ始めたのだ。


「ありがとうございます、デニス殿。

 どの料理も良い味で、楽しめております」


 エドゥアルドは違った。

 実際のところは針山の上に座っている気分で、料理の味などほとんど感じられなかったが、彼は笑顔を作ってそう礼を言いながら料理を受け取った。

 自分が年少だという自覚もあったし、なにより、ベネディクトやフランツと同じだと思われたくはなかったからだ。


「お、お楽しみいただけているようで、ほっといたしました」


 そのエドゥアルドの配慮に、デニスはぎこちない笑みを浮かべる。


 そうして夕食会は、盛り上がりを一切見せないまま、気まずい雰囲気で続いて行った。


────────────────────────────────────────


「陛下のご容態は、いかがであろうか?

 回復なされる兆しは、まだ見えぬのだろうか」


 ほとんど会話のないまま進んで行った夕食会が終わろうとしていた時、唐突にそうデニスにたずねたのは、ベネディクトだった。

 彼は食後のコーヒーを一口すすると、急にジロリと睨みつけるような視線をデニスへと向けたのだ。


 重々しい口調だった。

 腹の底で渦巻いている怒りを押し殺し、それをあふれさせることの無いよう、ゆっくりと絞り出すように発せられた言葉だ。


 突然の質問に、デニスは慌てた。

 彼は飲みかけていたコーヒーを危うく吐き出しそうになりながら、しかし辛うじてそれに耐え、震える手でカップの中身を激しく揺らしながらソーサーの上にそれを戻した。


「ざ、残念ながら、父上……、いえ、陛下は未だ、目を覚まされる気配はございません」


「医師団は、なんと申しておるのだ? 」


 デニスの答えに続けてそうたずねたのは、フランツだった。

 彼はコーヒーには口をつけず、身体の前で腕組みをして、険しい表情でデニスの方を見つめている。


「やはり、水の中にいた時間が、長すぎたのではないかと。

 そう申しております。


 呼吸ができなかった時間が長かったために、頭に、脳に障害が生じ、そのために意識が戻られないのではないか、と」


 ゴクリ、と生唾を飲み込んだデニスがそう答えると、食堂は沈黙に包み込まれた。


 皇帝の病状が回復しない。

 その現実の中で、なにを発言し、どのような行動を見せるべきか。

 互いに互いの腹の内を探り合い、その出方をうかがう、嫌な沈黙だ。


 そしてそれを破ったのは、またしても、ベネディクトの声だった。


「誠に残念なことではあるが、おそらく、皇帝陛下はこのまま、目を覚まされないだろう……。

ここに至ってやはりは、皇帝選挙を開かざるを得ないのではないだろうか? 」


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