第397話:「公爵集結:3」
第397話:「公爵集結:3」
デニス・フォン・アルトクローネ。
カール11世の嫡子にして、父が皇帝に即位するのと同時に公爵位を引き継ぎ、以来、アルトクローネ公国を統治して来た40歳前後の男性貴族。
その容貌は、パッとしない。
中肉中背で、太っているわけでも痩せているわけでもなく、背が高いわけでも低いわけでもない。
短い黒髪をオールバックにし、顎鬚を備えたその顔立ちは、良く言えば繊細に、ストレートに言うと気弱に見える。
彼はその父親によく似ていた。
その姿にももちろんカール11世の面影を感じ取ることができたが、ことに、その統治者としての能力。
決して無能ではないが、凡庸。
デニス公爵の統治は、万事、そのように評価されている。
エドゥアルドたちの到着を事前に知っていたのか、デニスは自身の居城の正面玄関で出迎えてくれた。
「デニス公爵殿。
御自らのお出迎え、恐縮いたします」
「いえ、こちらこそ。
急にお呼びしたのにも関わらずおいでいただき、ありがたく思っております」
馬車から降りたエドゥアルドが姿勢を正して一礼すると、デニスも同じように一礼して、気弱そうな顔に笑顔を浮かべて見せた。
それから彼は、すっ、とエドゥアルドに身体をよせると、耳打ちをする。
「陛下のご容態は、変化がございませぬ」
デニスは、ささやくような声でカール11世の最新の容態を伝えてくれた。
どうやらそのために自らエドゥアルドを出迎えた様子だった。
皇帝の現在の状態は、国家の最高機密と言っても良い情報だ。
そんな情報を、自分以外の者に伝えさせるつもりにはなれなかったのだろう。
「我がアルトクローネ公国の医師、帝都からお呼びした宮廷医たち、その誰に診させても、回復の兆しがないのです……。
医師たちによれば、水の中に多く居過ぎてしまったために、脳に害がおよんでしまわれたのではないか、と。
様々な処方の薬を試しているのですが、一向に効果もなく……。
それで、公爵の方々をお呼びしたのです」
「相分かりました。皇帝陛下が、それほどお悪いとは……。
それで、他の公爵の方々はすでにおつきになられているので? 」
「ベネディクト殿とフランツ殿はすでにお越しで、それぞれのお部屋でお待ちいただいております。
ユリウス公爵は、もう数日は時間がかかる、と」
「左様ですか……。お教えいただき、ありがとうございます」
どうやらエドゥアルドの義兄、盟友であるユリウス公爵は、到着が遅くなるらしかった。
ただそれは、帝国の東部に位置するユリウスのオストヴィーゼ公国が、このアルトクローネ公国からもっとも距離があるためで、仕方のないことだ。
「それでは、こちらへ。
エドゥアルド殿のお部屋にご案内させていただきます。
警護の方々、使用人の方々のお部屋もご用意させておりますので、後ほど我が館の者にご案内させていただきます」
デニスはエドゥアルドに寄せていた顔を話すと、重要な情報を共有し終えたことで少しだけほっとしたのか柔らかい笑顔を浮かべてそう言った。
デニスに案内されて入ったアルトクローネ公爵家の居城も、外見と同じく古いものだった。
だが決して、居心地が悪いとか、不服があるわけではない。
パティナという言葉があるが、それには、使い込まれたことで生まれる風格とか、古つやという意味がある。
アルトクローネ公爵家の居城は、まさに、使い込まれたものだけが持つ風格があった。
居城の内装には良質の木材が使われ、暖かな印象だ。
壁には様々な装飾があって見飽きることがなく、天井にはシャンデリア、床一面はフローリングで、ところどころに絨毯が敷かれている
そのどれもが使い込まれ、そしてよく手入れされており、そうして丁寧に長い時間かけて大切にされ続けることで生まれた独特な光沢を持っている。
城館とはいっても、普段、デニスたちが暮らしている部分は防御施設というよりは居住のためだけの屋敷に近い造りになっていた。
もちろん、敵の攻撃に備えて一般的な建物よりは頑丈に作られてはいたが、屋内が明るくなるように多くの窓が作られ、そのそれぞれが大きいし、屋内には吹き抜け構造になっている場所もある。
そして大きな格子窓から降り注ぐ暖かな光の中で、何もかもが柔らかく輝いているのだ。
初めて訪れるはずの場所なのに、安らぐ。
そんな住み心地の良い居城だった。
だが、穏やかなのは表面だけだった。
この居城の奥、皇帝のために用意された部屋では、今も意識を取り戻さないカール11世が眠りについており、大勢の医師たちが必死に治療に当たっている。
そして別の部屋では、集まった公爵たちがそれぞれの思惑を巡らせているのに違いないのだ。
政治闘争。
デニスの後について歩きながら、エドゥアルドの脳裏をそんな言葉がよぎっていく。
そんなことは馬鹿らしい、自分はノルトハーフェン公国のことに専念したいのだ。
そうエドゥアルドは思って来たし、今でもその考えは変わってはいないのだが、いい加減、自分がそれとは無縁でいられないということも理解はしている。
これからこのアルトクローネ公国で、どのような政治闘争がくり広げられることになるのか。
それはまだ予想もつかないことだったが、エドゥアルドはそれがどのようなものになるのであれ、ノルトハーフェン公国とタウゼント帝国にとって少しでも良い結果をもたらすために尽力すると、そう覚悟を固めていた。




