表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

395/535

第393話:「探り合い:1」

第393話:「探り合い:1」


 皇帝は死んではいない。

 しかし、目を覚ます様子はない。


 それは、考えられる中でも最悪と言える状態だった。

 タウゼント帝国はその最高意思決定者を欠いているにも関わらず、新たな皇帝を選ぶ、ということができないのだ。


「注意するべきは、次期皇帝位の有力候補……、ベネディクト公爵と、フランツ公爵の動向。

 そして、タウゼント帝国の隣国の動向でございましょう」


 ヴィルヘルムは、こんな時にでもその柔和な笑みを崩さず、冷静なままだった。

 時折エドゥアルドには彼のこの様子が不気味に思えることさえあるのだが、今はとにかく、頼もしい。


「両公爵は、以前より皇帝位を巡って対立関係にありました。

 陛下がご存命であり、皇帝選挙を実施できない、という現状ではありますが、両公爵は必ず動きを見せ始めるでしょう。


 皇帝陛下は未だにご存命です。

 しかしながら、このまま意識不明の状態が続くのならば、必ず、新たな皇帝を立てるべきではないかという動きが出始めるはずです。


 その動きに、必ず両公爵はつけ入ります。

それどころか、積極的にそのような機運を作り上げるかもしれません。

 公爵殿下に対するアプローチも、強めてくることでしょう。


想定される両公爵の働きかけに対して、どう応じるのか。

 方針を早急に定めねばなりません。


 そして、隣国の内でもっとも警戒するべきは、やはりアルエット共和国です。


 共和国は、自己の存在に対し、君主による統治を行っている国家そのものを脅威と見なしております。

 タウゼント帝国という、このヘルデン大陸で最大の君主国家が機能不全に陥れば、それを機会と考え、行動を見せるでしょう。


 その矛先が、バ・メール王国に向くか。

 それとも、こちらに向けられるか。


 そのどちらになりましても、軍事力の行使は必須となってくるでしょう」


「ああ……、ヴィルヘルム殿のおっしゃる通りだろう」


 エドゥアルドはうなずきながら、考え込む。

 ノルトハーフェン公国は、自分は、この、不意に発生した一大事件の中で、どのように動くべきか。


 ベネディクト公爵と、フランツ公爵。

 そのどちらを支持するのか。


 ノルトハーフェン公爵であるエドゥアルドには皇帝選挙に名乗りをあげる権利があったが、彼にそうする考えはなかった。


 皇帝になって自分の思うとおりに帝国を改革してみたい。

 ちらりとそう考えたことは何度もあったが、しかし、今のエドゥアルドには自分が治めているノルトハーフェン公国と、そこで暮らす人々のことが第一だった。

 自国を新しい時代に合わせた形に刷新し、ゆくゆくは帝国全体へと広めることができればいいと、そんな風に考えている。


 だが、正直なところ、ベネディクトとフランツ、そのどちらも支持したいとは思えなかった。

 平民を下賤な存在として見下し、その労苦を思いやることもなく、自身の都合ばかりを考えている。

 そんなところが両公爵にはあり、エドゥアルドの信念とは相いれない。


 しかも、2人のどちらが新たな皇帝位についたとしても、貴族社会を維持し続けることを念頭に置いた彼らはエドゥアルドの政治改革の「敵」になるのに違いないのだ。


 だが、どちらかを選ばなければならない。

 投票を棄権し、成り行きに任せる、という手段もあるにはあったが、それではなにも得るモノがない。

 ならば、どちらかを、できれば次の皇帝になる方を正確に選んで恩を売り、せめてノルトハーフェン公国の国内だけでもエドゥアルドの望む通りの政治改革を実行できるようにすうという成果を買っておくべきだろう。


(これは……、大きな後退だな)


 カール11世が[事故]に遭うまで、エドゥアルドには希望があった。

 自身の政治改革の意義をタウゼント帝国の皇帝自身が認めてくれ、この国家全体がこれから生まれ変わっていくかもしれない。


 そう思っていたのに。

 皇帝が貴族社会の堅持を主張する者にすげ変わってしまえば、台無しだ。


 アルエット共和国に対して備えなければならないというのは、言わずもがななことだ。

 共和国が君主制という[独裁]を敵対視しているというのは間違いなく、自国で生まれた民主制度を、平民が獲得した様々な権利を守るために、潜在的な[敵]を排除するために動き出す可能性は否定できない。


 そもそも、その共和国の危惧は、タウゼント帝国自身が作り出してしまったものなのだ。

 懲罰という理由によってアルエット共和国を攻撃したことにより、君主たちが[そのようにする]と決めるだけで容易に侵略を受けることを、共和国の人々は知っている。

 しかも侵略軍による略奪という惨禍まで受けているのだから、彼らが帝国のことを敵として考えていることは間違いないだろう。


「公爵殿下」


 じっくりと考え込んでいるエドゥアルドに、エーアリヒ準伯爵が進言する。


「まずは、誰が我らと協調してくれ、誰がそうではないのか。

 そのことをはっきりとさせるべきでしょう。

 その点がはっきりとすれば、情勢を読みやすくなり、方針を立てるのにもなにかとやりやすくなるはずです。


 我が国と関係のある諸侯、懇意にしている方々と連絡を密に取り、情報収集に努め、関係を強化してまいりましょう。


 また、公爵殿下は、東の隣国、オルリック王国のアイツィア王女と親しくしておられます。

 おそらくかのお国が帝国に対し悪意を抱くことはないかと存じますが、今回の件について連絡を取り合い、我が国に対して好意的な対応をしていただけるように尽力するべきでございます。


 それから、軍事におきましては、アントン参謀総長と図り、動員の体制を整え、いざという時の作戦計画も立案しておくべきでしょう」


「そうだな……、今、僕たちにできるだけのことをしておこう」


 エドゥアルドはうなずくと、少しだけ考えてから、あらためて当面の方針を決定した。


「エーアリヒ準伯爵は引き続き内政に努めてくれ。

 第2回公国議会に関しては、事情を説明して、一時的に公爵である僕に全権を預けてもらえるように運んで欲しい。


 諸侯や、オルリック王国とのやりとりについては、僕が直接行わせてもらう。

 ヴィルヘルム殿は、引き続きここにいて、僕に助言してくれ。


 それから、ルーシェ」


「は、はい! エドゥアルドさま」


 唐突に名前を呼ばれたルーシェは驚き、反射的に背筋を伸ばす。

 そんな彼女の様子に少しだけ微笑んだエドゥアルドは、声を柔らかくして言った。


「まだ早朝だが、アントン殿をお呼びして来てくれ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] この世界の共和国では比較的まともに議会は運用されているのかな? ロベスピ的な奴はいないっぽいし将軍も議会の意向は無視できないっぽいし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ