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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第390話:「遊覧」

第390話:「遊覧」


皇帝が、カール11世が重体に陥った。

その報告に、エドゥアルドはしばし呆然自失となる。


 あまりにも突然の知らせだった。


 カール11世は確かにこの時代の平均寿命を超えるほどに長く生きてはいたが、エドゥアルドが最後に目通りをした時、その姿はまだまだ健康に見えた。

 老いによる身体能力の低下などは隠せなかったが、言葉ははっきりとしていたし思考も明瞭で、まだ数年は何の問題もなく皇帝としてあり続けられると、誰もがそう思っていた。


 その皇帝が、重体に陥った。


「エドゥアルドさま……」


 エドゥアルドはその、メイドの不安そうな言葉で我に返る。


 予想もしていなかった事態について行くことができなかったが、思考を停止させてしまっている場合ではなかった。


 なぜなら、エドゥアルドはノルトハーフェン公爵だからだ。

 数百万の人々が暮らす国の国家元首であり、議会という新しい制度を採り入れはしたものの、今でもその最高意思決定者としての地位を保っている。


 だからこそ、エーアリヒ準伯爵も、エドゥアルドから行政権を任されている宰相が、急を知らせるために大慌てでやって来たのだ。


(落ち着くんだ、エドゥアルド!

 僕が動揺しては、いったい、誰がこの国の行き先を決めるというんだ)


 エドゥアルドは執務机の下で誰からも見られないように握り拳を作ると、自分自身にそう言い聞かせた。


「エーアリヒ準伯爵。

 申し訳ないが、分かっている範囲でなにが起こったのか、報告していただけるか? 」


「はっ。それでは、ご説明させていただきます」


 エドゥアルドができるだけ冷静な声で命令すると、エーアリヒはかしこまってうなずき、そして、現在把握できているだけの情報を報告し始める。


────────────────────────────────────────


 事件の発端は、アルトクローネ公爵、デニス・フォン・アルトクローネから、カール11世に対して休暇を勧める書状が上申されたことだった。


 デニス公爵は、カール11世の息子、嫡子だった。

 前回の皇帝選挙でカール11世が皇帝に選ばれた際にアルトクローネ公爵の地位を引き継ぎ、以来、無難な国家運営を行い、父に似て可もなく不可もない、代わり映えのしない統治を行って来た。


 そのデニス公爵からの書状には、皇帝であり父でもあるカール11世に対し、日頃の政務の疲れを癒すために、久しぶりに故郷に行幸してはいかがかとしたためられていた。

 いわく、サーベト帝国に対する戦勝を得た後も帝都にあって皇帝としての職務を遂行してばかりいては戦陣の疲れもなかなか癒えないだろうから、故郷で家族と共にまとまった休暇を取ってはいかがか、とのことだった。


 この申し出を、カール11世は喜んだ。

 というのは、皇帝にとって故郷とは懐かしく、遠い地になってしまっていたからだ。


 カール11世は毎年の夏に故郷であるアルトクローネ公国に帰省し、休暇を楽しむことを慣例としていた。

 だが、前年はサーベト帝国との戦争、そのさらに前年はアルエット共和国との戦争があり、故郷を訪れる機会を失っていたのだ。


 そこへ息子からの誘い。

 カール11世は二つ返事で了承し、すぐにアルトクローネ公国へ行幸する準備に入った。


 それはもしかすると、これからこのヘルデン大陸で起こる戦乱を予感していたからかもしれなかった。

 未だに正式な講和条約が締結されておらず、戦争状態にあるアルエット共和国が、いつ動き出してもおかしくない情勢だったからだ。


 アルエット共和国はその南の隣国であるフルゴル王国を勢力下においた。

 西は海であり、北のバ・メール王国、東のタウゼント帝国に対抗する際に、後顧の憂いがない、という状態にある。


 アルエット共和国はその全力を持ってタウゼント帝国に挑んでくるかもしれない。

 それも、そう遠くはない未来に。


 その気配を感じ取ったカール11世は、もしかすると自身の人生で最後になるかもしれない故郷の景色を楽しむために行幸を取り決めたのかもしれなかった。


 カール11世は、故郷で舟遊びをすることが好きだった。


 彼が生まれ育ったアルトクローネ公国の首都、ゴルトシュタットは、シュピーゲル湖という名の湖に面した、風光明媚な古都として知られていた。

 伝承によればタウゼント帝国を建国した初代皇帝の一族が興った場所であり、概ね帝国が現在の形にまとまり、トローンシュタットが新たな帝都となるまでは、ゴルトシュタットこそが帝都として扱われていた。


 そのゴルトシュタットが面している湖、シュピーゲル湖は、[鏡シュピーゲル]という名が示す通り、穏やかな水面を持つ。

 その湖面はゴルトシュタットの街並みを、周囲の山野の光景を映し出し、季節の変化に従って様々な姿を見せる、美しい景色で有名だ。


 その湖に船を出し、鏡のように世界を映し出す湖面を静かに進んで行くのは、幻想的でさえあった。


 カール11世はその景色を眺めることが好きだった。

 それは幼いころから変わらぬ、思い出の中そのままの姿であるからだけではなく、静寂の中に身を置くことで日頃の政務の一切合切を忘却することができ、空と水面とによって自身の心も体も洗われるかのような心地になることができるからだった。


 しかし、その舟遊び中に、突然船が大きく揺れた。

 シュピーゲル湖はいつものように穏やかであり、風もなかったというのに、いきなり。


 皇帝の舟遊びのためには、アルトクローネ公爵家が所有する専用の御座船が使われていた。

 世俗から離れてシュピーゲル湖の静寂を楽しむ、という皇帝の望みを叶えるために御座船は皇帝とその側近、そして船を操る船頭たちが乗り込めるだけの、決して大きくはない舟だったが、しかしよくできた舟で、強い風が吹いても容易には転覆しないように作られていた。


 だが、舟は突然揺れ、そして転覆した。

 皇帝とその側近たちはみな水中に投げ出され、その多くはすぐに水面に浮かび上がって来ることができたが、カール11世は高齢で体力が衰え始めていただけではなく、身に着けていた衣服に動きを取られ、なかなか水面に顔を出すことができなかった。


 すぐに救助の舟が出され、多くの者が次々と水の中に飛び込んでいった。

 中にはデニス公爵が万が一のためにと呼び寄せていた水泳の達人たちもおり、そういった者たちの活躍によりほどなくカール11世は救助されたのだという。


 しかし、助け出され、医師たちによる決死の治療を受けても、カール11世は目を覚ますことなく、意識不明のまま。


 そしてここまでの顛末てんまつが、早馬によって急ぎもたらされたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 実際の歴史事項と絡ませながら読むと非常に面白いです! ドイツの位置にある強大な帝国は一種のロマンなので、作者様の描く世界でどのように発展させていくのかを楽しみに見守ってます。 キャラクター…
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