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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記(完結・続編投稿中) ~戦列歩兵・銃剣・産業革命。小国の少年公爵とメイドの富国強兵物語~  作者: 熊吉(モノカキグマ)
・第18章:「風雲」

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第389話:「急報」

第389話:「急報」


 議会に出席するための正装から普段使いの楽な衣服に着替えたエドゥアルドは、公爵の席に座り、ルーシェが用意したコーヒーを口に運ぶとそれでようやく人心地がついた様子で、「ぁぁー……」としみじみとしたため息をついた。


「お疲れ様でございます、エドゥアルドさま。

 本日の議会は、いかがでございましたか? 」


「ああ、今日も大変だったんだ……」


 だが、にこにことした笑顔のルーシェがたずねると、エドゥアルドもにこにことした笑顔で話し始める。


 今日も議会では議員たちが白熱し、一時は帯剣していたサーベルを抜いて、決闘騒ぎにまでなってしまったこと。

 これを受けて、来年からはサーベルを抜いて切りかかるようなことができないよう、議場の配置を工夫しなければならなくなったこと。


「議場に剣を持ち込むなと言うのも、難しいことだからな……」


 エドゥアルドはため息交じりにそう言って、肩をすくめてみせる。


 戦争で刀剣類が活躍することはあまりなくなってしまったが、それでも完全に廃れたわけではなかった。

 戦場では銃剣が使われているし、騎兵隊ではサーベルを用いた抜刀突撃が行われることもあり、また、将校たちが儀礼や護身のためにサーベルを身につけることは、当たり前に行われている。


 日常的にも、サーベルを始めとする刀剣類は、護身用としての用途と共に、自身の名誉を守るための決闘に用いるために帯剣されることがある。

 近年ではピストルを用いる決闘が主流となってきているのだが、タウゼント帝国の貴族や上流階級では未だに剣術を学ぶ習慣が残っており、今でも剣が決闘に使われ、また、帯剣することは当然の権利だと、少なくともこの帝国においてはそう考えられている。

 エドゥアルドも、外出する際にサーベルを身につけることがあるほどだ。


 帯剣は、権利。

 その考えがタウゼント帝国には存在しているため、帯剣を禁止することは困難なことなのだ。


 特に、特権階級である貴族階級などは、そうした権利を剝奪はくだつされることに強い抵抗を示す。

 銃はその殺傷力の高さから言って護身用としては過剰だ、ということで議会への持ち込みは禁止する、ということになっているのだが、最低限これだけはと多くの者が考えている刀剣類まで禁止することは反発が大きい。


 そのために今日は決闘騒ぎが起こってしまったのだが、議会にはまだ、こういった行為に対してどのように対応するのかさえ、明確なルールが定められてはいない。


 また、議会で決めなければならないことが増えてしまった。

 そう口にするエドゥアルドは、しかし、充実した顔をしている。


 すべてが手探りだったが、多くの人々と一緒に、自分は未来に向かって着実に進んでいる。

 そんな手ごたえを感じているからだろう。


(エドゥアルドさま、嬉しそう)


 そんなエドゥアルドの様子を見ていると、ルーシェも嬉しい気持ちになって来る。

 なぜ、とはわからないのだが、とにかく、こうしてエドゥアルドと話していると楽しいのだ。


 それからも2人は、会話を楽しんだ。


 エドゥアルドは自分が話すだけではなく、ルーシェの話すことも喜んで聞いてくれた。

 今日は1度も失敗をせずに済んだということや、警護の兵隊の1人のくしゃみが面白かったこと、アリツィア王女がノルトハーフェン公国にやって来た時以来、文通する程度には親交が続いている眼鏡メイドのマヤから、ルーシェのための新しい衣装が届いたということ。

 他愛のない話だったが、エドゥアルドはそれを聞きたがった。


(こんな時間が、ずぅっと続いたらいいのになぁ)


 ルーシェはころころと鈴が鳴るように笑いながら、そう願わずにはいられない。


 コンコン、と、テンポの速い、急いでいるようなノックがされたのは、その時だった。


「出て参りますね」


 ルーシェはエドゥアルドとのおしゃべりを中断し、軽く一礼すると扉へと向かった。


扉の近くまでたどり着いたルーシェは、自分と一緒に扉の近くまでやって来たカイをちらりと見る。

 するとカイは、落ち着いた様子で座り込み、大丈夫だよ、とでも言いたそうな様子でルーシェのことを見上げて小さく尻尾を振った。

 どうやら見知らぬ不審な人物がやって来たわけではないらしい。


「公爵殿下、お疲れのところ、申し訳ございません。

 危急の用件があり、まかり越しました」


 ルーシェが念のため扉の向こうにいる人物に警戒しているわずかな時間も待ちきれなかったのか、くぐもった声が聞こえる。

 ノルトハーフェン公国軍の宰相、エーアリヒ準伯爵の声だった。


「お待たせいたしました、エーアリヒさま」


「おお、ルーシェ殿。

 公爵殿下はおいででしょうか? 」


「はい。どうぞ、お入りくださいませ」


 扉を開いたルーシェに出迎えられたエーアリヒは、彼女の答えを聞き終わるか否かという内に、足早にエドゥアルドの下へと向かって行った。


 その手には、なにやら一枚の紙切れが握られている。

 走り書きで急いで書かれた、なにかのメモであるようだった。


「エーアリヒ殿。そのように慌てて来られたということは、よほどの緊急事態であろうか? 」


「はい。急報でございます」


 明らかに急いでいるエーアリヒの様子を見て居住まいを正し、表情を引き締めたエドゥアルドが問いかけると、白髪交じりの灰色がかった黒髪をオールバックにし、青い碧眼を持つ公国宰相は、うなずきながらその手に持っていたメモを少年公爵へと手渡した。


 固唾を飲んで見守っているルーシェにも、そのメモに書かれている内容は知ることができた。

 なぜなら、エーアリヒはそれをエドゥアルドに手渡しながら、いつもの落ち着いた声ではなく、切迫し、震える声で、その内容を簡潔に読み上げたからだ。


「緊急事態でございます。


 3日前、我が皇帝陛下が……、カール11世陛下が……。


 シュピーゲル湖でご遊覧中、船から転落。

 救助されたものの、意識不明の重体に陥った、との知らせでございます! 」


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